special gift

□永遠を誓った日
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俺には、友達とも恋人とも呼べない、中途半端な関係にあった女がいた。女に対して恋愛感情がなかったわけではないが、女にかまける暇がなかった当時の俺には、踏み込んだ一言を言えるだけの器量がなかった。また、仕事と付き合いを両立させる覚悟もなかった。
そんなある日、この関係を続けてもいいのか、同僚でもあった女に直接聞くと、女はこう切り返した。


「私は構わないけど。使い捨てだって自覚あるし」
「使い捨てなんて誰も言ってねぇだろ」
「そうだけど。私は使い捨てが悪いと思ってないからね。ぱっとなくなっちゃうし、代わりは沢山あるけど、誰かや何かにちゃんと固有の痕跡を残すから。それにどうせ警官だって使い捨てでしょ。銃弾だってそうだし」
「だから警官になったし、拳銃にも入れ込んだってのか?」
「そう」


そう言って、使い捨てへの美学らしきものをそれとなく語って笑った女は、女でありながら拳銃への造詣が深く、射撃の腕も確かで、その実力は次のオリンピックのメダル候補とまで言われてた程だった。

だが、ある日、一緒にいた俺を守ろうとして、凶弾に倒れた。持ち前の目の良さと洞察力により、俺を狙った銃口に気付き、その身を呈して俺をかばったからだ。
直ぐに病院へ運ばれた為に命は取り留めたが、倒れた拍子に頭をコンクリートへ打ちつけたようで「記憶に支障をきたしているかもしれない」と医師に言われたのを、昨日の事の様に覚えている。あの時に抱いた絶望感も、そう簡単に忘れられるものじゃない。
それから数日後、女は病院から姿を消した。消息は不明。生死も不明。記憶障害の程度も有無も不明で、病室を調べても手掛かりは無し。関係者から事情を聞いても、怪しい人物がうろついてたという証言は得られず、記憶が混乱して衝動的に逃げ出したんだろう、という結論に至った。
結果、女はオリンピックの候補から外れたどころか、選手生命を断たれた。俺は同僚として、命の恩人に対して、俺を狙った犯人の目撃者として、感謝と別れの言葉の両方を言えず、銃弾の旋条痕から犯人を、顔写真や目撃証言から女を追う羽目になる。

犯人も女の手がかりも見つけられないまま、一年程経ったある日。失踪届が出ている女性警察官が質屋の営業許可を貰いにきた、との問い合わせが公安からあった為に、確認へ行くと、俺を含めた何人かで女本人だと断定した。だが、本人は自分の事どころか、警察官だった事さえあまり覚えていなかった。俺を見る目も、他人に向けられるものと何ら変わらない。かけられる言葉も、当り障りのないものばかりが並ぶ。
結局、俺とはそれきりになり、本人に戻る意思がなかった為に退職となったわけだが、その内、警察の捜査には非協力的だ、として店の名前を聞くようになり、拳銃に関する知識を生かして裏で横流しをしてる、という女の噂まで耳にするようになった。
記憶に障害がある以上、生きるのに必死なのは分かる。だが、その噂が真実ならば、受け入れられるものではない。少なくとも、警察官である俺が認めるわけにはいかない。もし噂が真実だった場合、俺はどうするべきか分かっているつもりだった。

そして今、俺は初めてその質屋へやって来たわけだが、お前を撃った犯人を捕まえた、と報告に来たのではない。目的は別にある。
ある殺人事件に拳銃が使われた。だが、落ちていた薬莢と、体に残っていた銃弾の旋条痕から、素人では扱いにくいタイプの銃だと分かった。しかも目撃証言によると、髪の毛の長さから、犯人は女に見えたという。
拳銃の扱いに長けている女、裏で拳銃を横流しにしているという噂、情報を総合すると、話を聞く必要がある参考人はそういない。
そこで事件について知ってる事があるか聞くと、報道されている事以上の内容は知らぬ存ぜぬの一点張りだし、単刀直入に事件当時のアリバイを聞くと、店は閉めたが在庫の整理をしていた、とはっきりしない。気が強く、正直でもある性格は相変わらずのようで、俺を見る目には何もかもが抜け落ちている。
だが、何か隠してやがる。直感がそう叫んだ。


「警察に恩を売るいい機会だとは思わねぇか」
「お客じゃないならさっさと帰って、他を当たって。それとも何か買ってく?」
「…いいか、協力しねぇってんならここにガサをかけたっていい。その時に何か出てきたら商売どころじゃねぇぞ」
「………」
「こんなもんを扱える女なんざ、そうはいねぇ。知ってる事があれば話せ。お前自身の為にな」


脅し文句を汚く並べて一気に畳み掛けると、女は俺の手首に巻かれた腕時計に目を止めた。しかも表情が硬い。殴られた後のように、張りついている。
これは、あの事件がある前に、俺の昇進祝いに、とにこにこ笑いながら、女自身が買って寄越したブランド物の時計だ。ブランドにはさほど興味のない俺でも知ってる名前なので、値段はそれなりにした筈だし、使い捨て出来るような代物ではない事くらい、見ただけで分かる。


「…その時計を売りに来たってんなら話くらいしてもいいけど」
「これは大事な時計だ。幾ら積まれたって売るつもりはねぇよ」
「…言っちゃ悪いけど、偽物かもしれないよ。そのブランドの偽物はよく出回ってるから」
「偽物だろうと、時計は時計だ。本質は変わらねぇ、違うか?」
「………」


静かな睨み合いが続く。洞察力は未だにあるのかと感心する一方で、疑惑が深まる。
すると携帯が鳴った。聞くと、白昼堂々、同じ手口でまた発砲事件があり、現場に残っている薬莢から、俺達が担当している事件に使われた銃と同一のものである可能性が高いという話だった。しかも、逃走した犯人は女の格好をしてた、という目撃証言もあり、現場の刑事の間では同一人物による犯行だとの見方が強いようだ。
目の前にいる女は犯人ではなかった。だが、ここへ来たのは無駄足だった。喜びよりも、ここへ来てしまった失望感に堪え切れず、思わず舌打ちを漏らすと、女はそれで事情を察したらしい。


「私じゃなくて残念だったね」
「…ああ、最悪だ。真犯人をまだ捕まえてねぇんだからな」


すると質屋の女は、あくまで聞いた話だけど、と前置きをしてから「数週間前に同じ種類の銃を買ったという男の話を耳にした」と世間話をしてるような口調で話し始めた。それから、その男の身体的な特徴を並べ立て、その男の居場所や、自分に似た髪形の鬘を持ってる筈だ、とまで。
ここへ来た事は無駄足ではなかったようだが、裏の世界の情報を簡単に流してただで済む筈が無い。それが、何故、急に。自分は使い捨てでいいと言ったあの時の言葉が、心臓に重くのしかかる。


「何で…」
「私は質屋よ。訳がある物を仕入れてるんだから、売るならそれをちゃんと大事にする人に売りたいもの」
「ここに使い捨ての物は置いてねぇってわけか」
「そう」
「………気に入った。今度は客として来る」
「何か気に入ったものはあった?」
「ああ。俺の全てをなげうってでもいいと思えるもんがな」


記憶が戻ったのかは定かではない。ただし、質屋の女はこれをくれた時と同じように、嬉しそうに目を細めて笑った。




永遠を誓った日

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