special thanks 2

□愛煙沙汰
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酸いと甘いを諭すのは、喉まで枯らす紫煙のみ。










雲間から満月の光零れる丑の刻過ぎ、虫の声も止んだ頃。

草木をかき分けながら獣道を進み、転ばないよう注意して苔むした石段を上っていく。

鼻先を掠める深緑の香りは酔い醒ましに丁度いい。

静まり返ったそこに、足音を立てないよう注意しながら忍び込む。

兵が寝泊まりしている本堂を避けて古寺の離れまで辿り着けば、溜め息が一つ漏れた。

毎年この時期は、夜の湿った空気が全身を気怠くさせる。

それでも久々の勝ち戦を理由に、腐れ縁の馬鹿共と酒を酌み交わせば、色街へ繰り出そうという話になった。

どんなに戦が続こうが、白夜叉も鬼兵隊総督も所詮は只の男。

そう豪語した銀時と遊郭へ入り、ヤツが目をつけた遊女をわざと横取りして座敷に呼んだものの、話すことなど何もない。

それどころか盃を持つ掌には妙な汗をかいてしまう。

あがり症。

鬼兵隊をまとめる身として克服したい性質。

皆の前で指揮を執るのも、さほど得意ではないというのが本音だ。

だが、誰かが先陣を切らなければ戦を終わらせることもできない。

他人に戦の結末を任せる位なら、神経症の一つや二つなんて誤魔化しながらでも俺が成すべきだろう。

身の丈に合わない雄々しさを剥き出しにすれば、周囲の連中は見せかけばかりの俺を肝の座った男だともてはやす。

そんな日々に嫌気が差した俺は、遊郭からの帰り道、まだ開いていた小間物屋であるものを買った。

緊張がほぐれると評判のそれを懐に入れ、夜道を行く。

一刻も早く古寺へと戻り、誰の目にもつかないところで試したい。

高揚する気持ちが抑えきれないのか、足取りは自然と速くなった。







縁側に革靴を脱ぎ捨て、上着も脱がずに廊下を歩く。

戦で動きやすいよう買い揃えた洋装も、随分着慣れてきた。

特に薄暗いところで裾を踏まずに済むのがいい。

古びた廊下は腐りかけているのか、慎重に歩いても板が軋んでしまったが、ここなら誰の耳にも届かないだろう。

銀時達はまだ色街で呑んでいるはずだし、古寺に残った連中は朝が早いのでとっくに眠っている。

俺の帰りを待っている物好きなんて誰もいない、そう考えたのが甘かった。

「おかえり」

背中から飛んできた声は明るく、疲れを知らない響きだ。

敢えて聞こえないふりをするという選択肢だってある。

なのに、思わず振り向いてしまった。

疲れを見せずに愛想よく笑う姿は、どこか松陽先生に似ている。

争い事を拒まない、戦好きで勝ち気な幼なじみ。

仲間だと言ってしまえば聞こえはいいが、こいつは女だ。

戦場で着ている男物の洋装を脱ぎ、寝間着代わりの浴衣に身を包んだそいつは、まじまじと俺を見た。

一つに束ねた髪がふわりと夜風に揺れるのも気にしない様子で。

「誕生日おめでとう、それで今夜はどこの遊郭?」

「野郎共と呑んでただけだ」

「嘘」

「どうしてそう言える?」

「白粉の匂いがする」

化粧っ気のないこいつだからこそ、そう断言できるのだろう。

けらけらと笑いながら答える姿からは、刀を持つときの表情など微塵も想像できない。

「久々の勝ち戦だ、酒なんて珍しくないだろ」

「そうだね。で、何隠してるの?」

「何も」

「上着の裏に何かある」

「いいからお前は早く寝ろ」

「隠してるものを見せてくれたらね」

敵に斬り込む素早さで、俺の上着を掴んだそいつの手を握る。

咄嗟の動きで微かに床が軋む音でさえ耳障りなほど、辺りは静まり返っていた。

「晋助?」

「…座れ」

俺が縁側に座り込むと、そいつは少しだけ距離を取って隣に座る。

特別だった。

俺にとって、こいつは何とも喩えがたい存在だ。

二人きりでもあがり症を心配する必要もないし、本心を語ることもできる。

ガキの頃から知っているせいか、それとも別な理由があるのか。

どちらにせよ素のままの俺でいられるのは、存外気分がよかった。

仕方なく細長い包みを取り出すと、そいつは物を知らないガキのように目を輝かせる。

緩く縛られた紐を解けば、さっき買ったばかりの煙管が月明かりに照らされた。

火皿と吸い口を繋ぐ部分が竹でできているせいか、どことなく艶っぽく、小粋に見えて気に入った代物だ。

「これ、何?」

「煙管だ」

「ああ…要するに煙草か、小洒落てるね」

「店で一番上等のやつにしたからな」

「流石いいとこのボンボン」

「その言い方は止めろ」

「どうして煙管なんて買ったの?」

遠慮を知らない目が、再び俺の顔を覗き込んでくる。

こんなにじろじろ見られているというのに、なぜ緊張せずにいられるのか。

理由を考えるのは後回しでいい。

今は適当に答えを用意するほうが先だ。

「近頃流行ってるらしい」

「それだけ?」

「これくらい嗜みの一つだろ」

「ふーん…なら吸ってみてよ」

俺の意図を察しているのか否か、地雷が躊躇いなく踏まれる。

「何言ってんだ」

「晋助が煙管吸うところを見たら寝る。どうせ毎回遊郭で吸ってるんでしょ?」

言えない。

いつも遊女が煙管をふかしている姿を見ていただけなんて、言えるはずがない。

幸い吸い方は心得ているが、吸ったことなんて一度もなかった。

誰にも見られないところで何度か練習をすれば問題ないと思っていたのが間違いだったのか。

酒で半分働いていない頭で言い訳を考えようとするが、こいつは既に切り煙草を指先で丸めていた。

「切り煙草を柔らかく丸める、ってのは聞いたことがあるんだ。はい、できた」

「…見せモンじゃねェ」

「どうせ後で皆に見せびらかすつもりなんでしょ?」

「お前はロクなこと言わねェな」

促されるまま煙管に火をつけて、吸い口を口元へと運び、恐る恐る息を吸ってみる。

吸い過ぎると一気に燃え尽き、煙も多くなってしまうと聞いていたので、できるだけ丁寧に。

しかし想像以上に煙はキツく、堪えきれなくなった俺は大きくむせてしまう。

酷い仕草が滑稽だったのか、そいつは愉快げに笑った。

「テメェ…後で承知しねーぞ」

「だって晋助、こういうの慣れてそうなのに」

「勝手に言ってろ」

「…でもよかった、ちょっと安心した。晋助ばっかり大人になってるのかなって思ってたから」

「あ?」

「最近、皆の指揮を執るのも上手くなったし…何だか晋助が遠くに行っちゃう気がして」

横顔を盗み見れば、こいつは普段の屈託ない笑い方からどこか寂しげな笑い方へと変わっている。

こいつだって、いつの間にこんな顔をするようになったのだろう。

あがり症を克服したいだなんて下心をすっかり忘れた俺は、舌の上のざらつきを味わった。

「…お前も吸ってみるか」

「いいよ、私は」

逃げ腰になるそいつの手を掴み、煙管を差し出す。

観念したのか、吸い口に唇を近づけるそいつはゆっくりと目を細めた。

煙管に向けられた、こいつの視線を独占したい。

上手く吸えるかどうかより、一瞬でもそう思ってしまった俺の負けだ。

煙管の代わりに顔を近づけ、狙いを定める。

簡単だ。

中毒性の高い煙より、癖になるものを覚えさせてしまえばいい。

早まる鼓動はある種の神経症を新たに患いながら、重く深く加速する。

互いの脆いところに触れ合うまで、あと少し。







愛煙沙汰





----------キリトリセン----------

毎度どうも、皆様のあとがきを拝見するのが楽しみなさかなです。
今回はぶっ壊す系な彼の一面を赤裸々に書かせていただきました。
女物の着物×煙管な対人恐怖症なんて、矛盾もいいところだよね。
しかし厨二というのは自分も含めて大概そんなもんだと思います。
黒い獣を飼うドヤァな彼を、末永くお祝いできますように。

すぎたん!企画様へ溢れんばかりの下心を込めて


   

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