special thanks 2

□ロリポップ・ドリーマー
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制服のスカーフで結ぶのは、まだ始まってさえいない夏。










「…暑い」

単純な不快感が全身を駆け巡る季節。

靴箱からローファーを取り出し、上履きを脱ぎつつ校庭を眺めると、そこはまるで別世界に見えた。

夏日だと騒がれている昼間から泥だらけになって走り回る野球部に、砂埃も気にしないと言わんばかりで準備運動をする陸上部。

プールのほうから聞こえる黄色い歓声は水泳部絡みだろう。

それぞれやっと好きなことができる、そんな顔をした部員達が爽やかに汗をかいている。

定期試験が終わった七月なんて、夏休みの予行練習に過ぎない。

半日しか行われない授業は、チャイムの音と一緒に上の空のまま終わっていく。

起立、礼、解散。

三拍子揃えば、後は翌日まで長く気怠い自由時間だ。

青い空に白い雲、遠慮ない日差し。

風に靡くスカートを押さえるふりをして俯いても、眩しさからは逃げ切れない。

絵に描けそうな位わかりやすい天気は、寝不足の頭を容赦なく揺さぶる。

毎晩規則正しくベッドに入っているのに、なかなか寝つけないのは何故なのか。

その答えをあえて導き出さないようにしていた。

一歩、二歩。

校庭を突っ切ってさりげなく校門をくぐり抜ければ、私の勝ちだ。

どくどくと脈打つ心臓につられて、足早に歩こうとした瞬間。

「もう帰っちまうなんて、真面目すぎ」

頭上から飛んできた野次に思わず振り向いてしまったのがいけなかった。

二階の化学準備室のベランダで翻ったのは、白衣の裾だ。

見上げた先には、天使のような顔で笑う悪魔がいる。

「…沖田先生」

「今ならもれなく、優等生向きのボランティアがありやすぜ」










「先生」

「何でィ」

「これって奉仕活動の粋を超えてませんか」

「やらしい言い方しやすね、まだ序の口でさァ」

「いくら何でも溜め込みすぎです、しかも漫画とかありますよ」

「それは俺のじゃありやせん」

「…坂田先生とか」

「正解」

文句を言いながら化学準備室の本棚を整頓していると、この場に不似合いなものが次々に掘り起こされた。

週刊少年誌に青年誌、グラビア写真集とゲームの攻略本。

向かい側の薬品棚には、何だかわからない私物っぽい薬瓶まで置いてある。

化学準備室という名前だけで教材が見当たらないこの部屋は、いつ来ても微かに酸っぱくてカビ臭い匂いが漂っていた。

授業の準備をここでするなんて実際は滅多にないのかもしれない。

結局、意気地ない私は今日も沖田先生から逃げ切れなかった。

帰ろうとすると化学準備室にいる彼に必ず呼び止められ、何かと雑用を押しつけられるようになってから一年が経つ。

今年からクラス担任として毎日顔を合わせている沖田先生は、なぜか私を酷使したがっていた。

よくも悪くも特に目立たない私に、どうして目をつけたのか。

そんな質問をすればまた絡まれてしまうだろうと思うと、理由なんてとても聞けない。

放課後になれば化学準備室で肩を揉め、コンビニまでパシってこいと命令されるのは当たり前。

振り回される度にくじける一方で私も慣れてきたのか、何を言われてもあまり気にしなくなった。

それにこうして呼び出される度、沖田先生の仕事ぶりを間近で見れる。

黒板の前に立っている彼とは違う一面を見られるのは、準備室に出入りするようになるまで知らなかった。

テストの採点やプリント作成、他にも色々と忙しいらしい。

淡々と授業をこなす普段の沖田先生とここにいる沖田先生は、全然違う人みたいだ。

沖田先生は手を止めず、私の顔を見ないで呟く。

「化学の問題は答えられないクセに」

「苦手なんです、化学」

「その割には来年も化学取る気だろ」

「…多分」

答えにくい質問を投げかけられた私は、取るとも取らないとも言わずに曖昧な返事をする。

まだ夏も始まっていないのに来年の話をしなければならないのは、きっと大人になるための通過儀礼なんだろう。

授業は何を選択して、進路はどうするのか。

そういうことを繰り返して、少しずつ大人になっていく。

切ないのか甘いのか、ぼんやりとそう考えていた私の頭を、沖田先生は唐突に棒付きキャンディで額を叩いた。

「ちょっ…何するんですか」

「今日のバイト代。ぼーっとするのは授業中だけにしなせィ」

「無茶苦茶言わないでください」

棒付きキャンディを受け取るとコーラ味なのか、赤く毒々しい包装がされている。

白衣のポケットからもう一つ同じものを取り出した沖田先生は、大しておいしくもなさそうに口へ運んだ。

「そうしていられるのも今だけでさァ。大人になったら毎日あっという間ですぜ、休む暇もありやせんから」

「そうなんですか?」

「教師は生徒と違って、夏休みも働いてやすよ。研修、出張、部活三昧。クリスマスも誕生日も祝ってる場合じゃない」

「誕生日も?」

「そ、今日」

「え、」

「今日が俺の誕生日」

あまりにも唐突な言葉に息を飲む。

沖田先生の誕生日なんて聞いたこともない。

そもそも毎日顔を合わせているのに知らないことが多すぎると気づいたのは数秒後。

短い沈黙に耐えかねたのは私のほうだった。

「誕生日なんですね…」

「一つ老けるなんて、別にめでたくもない」

「あの、これから誰かに祝ってもらったりとか」

「通知表の締め切りが明日の人間に何言ってんでィ。…終わったなら帰っていいですぜ」

声をかけられてふと見上げると、手を動かし続けた甲斐あって、棚は綺麗に整理整頓されている。

これでようやく解放されると思う反面、素直に喜べない私がいた。

原因はわかっている。

沖田先生のことを何も知らなかったという現実がどうしようもなくやるせないだけだ。

「じゃ、俺も職員室に」

「沖田先生」

衝動的に、本能的に。

鞄を手にした私は沖田先生の白衣を掴む。

沖田先生は無言のまま、私の目をじっと見た。

「来年はちゃんとお祝いさせてください」

思いつきで話したのは、うんざりするほど好きになれない未来の約束。

なのに、不思議と後悔はしていない。

一年後の沖田先生と私がどうなっているか考えるよりも先に、祝いたいと思ってしまった。

そんなことを口走れば、この人は皮肉っぽく笑うに違いない。

沖田先生は食べかけの棒付きキャンディを手にしたまま、私と向き合う。

微かに漂う甘ったるい匂いは、炭酸の抜け切ったコーラ味だ。

「流石動物、言うことが違いやすねィ」

呆れ半分で笑う彼はほんの少しだけ、私との距離を縮める。

「来年より、今日はどうするんでさァ」

「今日は…知らなかったから何も準備してなくて」

「素直すぎ。ま、そのほうが調教しがいはありやすけど」

「調教って」

彼がこういうことをさらりと言うのにも慣れているはずなのに、どうして聞き流せないのだろう。

追いつめられているわけでもないのに、胸が詰まる位の息苦しさに襲われる。

恐る恐る沖田先生を見上げると、彼は悪戯っぽい目で私の口に食べかけの棒付きキャンディをあてがった。

口の中に温い味が広がるまで、あと僅か。



「これからは俺が手入れしてやりまさァ」







ロリポップ・ドリーマー




   
--------------------キリトリセン--------------------
毎度どうも、酔って酔わせて持ち帰るさかなです。
今回も素敵に無敵な企画に参加させていただきました。
光輝くドSの星に手を伸ばしたら、雌豚もチャーシューに大変身。
腹黒で毒舌かつ魔女宅を愛する彼を、末長く祝えますように。

沖田総悟大天使爆誕企画様へ溢れんばかりの下心を込めて
   

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