special gift

□ライト
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親が厳しい家だから、わたしは真面目になるしかなかった。

そんな自分に嫌気がさすわけでもない。ただ優等生として過ごしていく日々が普通だっただけ。

だけど、坂田先生はその普通の日々にドカドカと土足で入って来た。
出会ったことのない男性で、大人の人。

非常識なのに、そのはみ出した部分に惹かれるのだろうか。




「お前のおかげで、うちのクラスの平均点は上がるよな。」




「そう、ですか。」




二者面談で平気でタバコをふかしながら先生は興味のない声で言う。

わたしの通知表を見ている隙に、わたしはジッと先生を見た。

伏せた目も同じく興味がない色。




「進路は、進学でいいのか?」




ふと目を上げた先生と視線がぶつかるけれど、逃げないでジッと見続ける。

今、視線を外したら、勿体ない。
先生を隙間なく見て瞼に焼き付けておく。

手を伸ばせばそこにいるのに、遠い人。




「はい。両親もそれを望んでいるので。」




「ふーん。」




ギロっとどこか光が宿った気がした。

でも声だけは興味なさそうで、気のせいなのだろうか。

先生が立ち上がり、教室の脇にある本棚へと移動する。




「おい、ここから選んでるのか?」




本棚には大学の参考書や、大学の資料が綺麗に並んでいた。
誰もその本棚には触れないからだ。

先生の指の先に、わたしの未来がある。

吸い寄せられるように立ち上がり、先生の隣に立った。

身長はこんなに差がある。
先生の腕がわたしの腕に触れている。

そんなことを思いながらも、無感情の顔で一緒に本棚を見上げた。




「はい、あの大学です。」




一番上の棚にあった資料を背伸びで取ろうとしたら、にゅっと隣にあったはずの腕が軽々その資料に手をかける。

長く逞しい腕の先を見ていたら、先生の肘がわたしの後頭部に当たりわたしは本棚におでこをぶつけた。




「いた……。」




「あ、わり。」




先生がわたしを見下ろす。わたしは先生を見上げておでこをさすり、眉を下げた。




「地味に、痛いです……。」




「はは。赤くなってらぁ。」




無邪気に笑うその姿は、わたしの真面目な性格を犯していく。

どんどん惹き寄せられてしまうのだ。

わたしは目の前にある先生のネクタイを握る。




「……なに。」




さっきまで笑っていたくせに、もう大人の落ち着いた声を出すのだからわたしみたいな子供は翻弄される。




「先生……。ネクタイにシミがついてます。」




静かにそう呟いた。
端っこにコーヒーと思われる茶色いシミ。

そして、資料を手に取っていた手の袖をつかむ。




「ここも……。汚いですね。」




また独り言のように言葉を紡ぐ。

汚れなど、口実でしかない。

いくら真面目でも、子供で、女。

好きな人に触れたいのだ。
真っ直ぐに先生を見上げられないのは、やましいから。




「……お前みたいな、真面目な生徒は、こんなイケナイ先生に近づいちゃいけません。」




そう言って、袖をつまんでいた手を握られた。

あぁ、拒否なのだと思い離れようとしたが、手は一向に離されない。




「俺は、お前に勉強は教えらんねぇけど、こういうの教えることは、できっけど?」




その言葉に視線を上げる。視線を合わせたら、さっき見た先生の瞳の中の光をまた見れた。

ギラギラしていて、吸い寄せられる。

動けない、動きたくない。
だけど心臓だけは確実に動いていて、足が震えるほどの緊張が体を巡るのに逃げたくなくて。

距離が縮まる。カチリと先生の眼鏡がわたしの鼻腔にぶつかり鳴った。



先生、教えて?



「イケナイ生徒に、なっちまったな。」




そう言って笑った先生は妖艶で、今まで見てきた坂田先生とはまったく別人のようだった。

けれど、わたしの腰を支えている腕はわたしを優しく受け止めてくれている。それがいつもの坂田先生らしい。

先生をジッと見つめるのをやめないわたしを、先生は何も言わない。ただ黙って、ぶつけたおでこをさすってくれた。


遠いと思った距離。
吸い寄せられた瞳の中の光。

まぶしくて目をつむる。


   

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