アゲハ蝶

□Goodbye Lullaby
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〜羽音が止まる〜










駆け抜けるように、季節を飛び越える。

どんなに一日一日を大切にしても、時間は止まってくれない。

あっという間だ。



自分の人生も。










窓の外が明るくなりはじたのを、閉じた瞼越しに感じる。

布団の中が、ぬくぬくとして気持ちいい。

掛け布団からはみ出した頭のてっぺんが、耳が、朝の凛とした空気に触れて目が覚める。

夏は、こんなにふかふかの布団を掛けて眠るなんて想像すらしていなかった。





土方さんに拾われてから、四ヶ月。

急ぎ足でここまで来たような気も、のんびり考え事をしながらこの日に辿り着いたような気もする。

それも今日でおしまい。

最後だけど、自分がしなきゃならないことは残ってる。

本当の意味では終われない。

終着点は、まだ先だ。





「…起きなきゃ」





もぞもぞと布団から出て、腕を上げて伸びをする。

蒸し暑くて起きることも、夢見が悪くて飛び起きることもなくなって。



どんなに血生臭い、むさ苦しいところだと言われても、自分は確かにこの場所を愛した。

日々を過ごした小さな部屋を忘れないようにするために。



そんなことを考えながら、部屋の掃除に取りかかる。



大した荷物はないけれど、荷物も整理して、こぢんまりとまとめておいた。

殆どは山崎さんから借りたものだし、ここに残していくべきで。

「…これもだよね。」

隊服のポケットにしまってある携帯や拳銃も置いていくつもりだった。

勿論、菊一文字も返さなきゃならない。

夜になったらきちんと手入れしようと思いながら鞘から抜き出せば、刀は全部お見通しだとばかりに、窓から差し込んだ朝日の光を反射する。



「…ごめんね。あと一日だけ、一緒に頑張ってくれるかな。」



当然返事はないけど、沖田さんが大切にしていた刀だ。

自分の気持ちくらい簡単に汲み取ってしまうだろう。



刀身を丁寧に鞘に収めて、身支度を整えて、障子を開ける。

世界は何事もないかのように、視界いっぱいに広がっていた。







「土方さん、失礼します。」

障子を開けながら声をかければ、遅寝早起きな土方さんはちょうどベストを羽織ったところで。

「あ、着替えてたんですね…すみません」

慌てて目をそらせば

「覗きたァ、いい根性だな。」

土方さんは呆れたような顔をした後、優しい目をして笑った。



「着替え中ならそう言ってください、外で待ちますから」

「言う前に入ってきたじゃねーか。」

「だから…っ」



だんだんと顔が熱くなってきてしまう。

熱を持つのは、恥ずかしさと親密さ。



「オマエ、自分の着替えを人にさせるのは平気で俺の着替えはダメなのか。包帯を巻くときだって、恥ずかしがらないクセに。」

「それとこれとは…」

「もう着替え終わった。打ち合わせするぞ。」

土方さんはさらさらと言葉を紡ぐ。





よかった。

いつも通りだ。

自分は畳の上に正座する。

土方さんは立ったまま、鏡も見ずに慣れた手つきでスカーフを結んだ。

その手の動きも、沖田さんや山崎さんに「瞳孔が開いている」と言われてしまう目つきも。

自分を拾ってくれたときのまま。



やさしくてきれいで、つよい。





自分が今夜、帰った先で待っていてくれる人と一緒だ。





(一緒だなんて、罪深い。)

…なんで?


(君は、目の前にいる彼をきちんと見ている自信はある?)

どうしてそんなこと、


(君は、されて嫌だったことをそのまま相手に、彼に、同じことをしてる意識はないの?)

やめて。

今日だけは邪魔しないで。


(…いいよ。)







「凛、オマエちゃんと鏡見てスカーフ結んでるか?いつも曲がってるぞ。」

結び直しだと言って、土方さんの手が自分の首元で動く。



「くすぐったいです」

「我慢しろ。」

「土方さん」

「何だ?」

「おはようございます。」

「…おはよう。」







(見届けようか、)



今日が、始まる。





(君の最後の白昼夢。)









   
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