アゲハ蝶
□Things I'll Never Say
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〜もがれた羽を、繕いながら〜
一年間という短い時間の中。
夏が過ぎ、秋が巡り、あっという間に終わろうとしている。
いつだって季節は俺の前を呆気なく通り過ぎていくが、今年はその流れにおいていかれる感覚はない。
きちんと前を向いて、季節と、時間と一緒に進もうとしている。
凛が屯所で生活するようになってから、四ヶ月が経った。
夏の趣はもう跡形もなく、木々の緑は色褪せ、朝晩の冷え込みは寝つきをよくさせて。
過ごしやすい時期なんてほんの僅かだが、毎日続く忙しさの中で、去年までとは違う今を感じる。
それはきっと、コイツのせいだろう。
「副長、今日の予定は、」
「午前が見廻り、午後は会議、夜は…とっつぁんの接待だ。」
「夜はスナックすまいる…と。」
「オイ、何でそこだけ細かく覚えてんだ。」
「沖田隊長が教えてくれました。」
凛に笑顔でそう言われ、俺は何か言い返したい衝動を押さえながら仕事の話を続けた。
朝の冷たい空気が窓から部屋へと微かに入り込み、夜中の煙草の残り香を躊躇いなく押し流していく。
凛は役職呼びと名前呼びを綺麗に使い分けるようになって、以前よりもこなせる公務が増えて。
俺も呼び分けをきちんとするようになって、ようやくコイツを認められるようになった気がした。
相変わらず身元はわからないまま、本人も何も思い出せないまま。
それでもコイツの不安そうな顔を見る回数が減り、僅かに心が安まった。
真選組も、元々何の関係もなかった連中が数奇な縁で集まってできた集団だ。
近藤さんに目をかけられた、複雑な過去を持ち合わせている奴も多い。
俺だって、真選組結成前から何度も人を斬り問題を起こしている。
特別に後ろめたい過去でもない限り、凛がここに居座ることに何の問題もないだろう。
朝になれば俺の部屋で一日の予定を手短に確認してから、それぞれの仕事を行う。
副長補佐として行動を共にすることは多くなったが、それでも凛は独立した存在のように見える。
近藤さんもとっつぁんも凛が断らないのをいいことに勝手に任務へ借り出し、総悟も時々一番隊の中に凛を混ぜて現場へと連れ出していた。
多少の怪我程度で帰ってこれるのは、おそらく総悟もコイツに気を遣っているところがあるからだろう。
凛の剣術の腕前も、少しずつだがマトモになってきたと近藤さんも喜んでいる。
表現がおかしいが、例えるなら真選組全体で協力して子育てをしているような気持ちでいた。
殉職、退職の絶えない集団の中で、何かすくすくと育っていくモノがあるということは、妙なエネルギーを生む。
綺麗な言葉に直せば、生命力だとか、そういったもの。
血に塗れた生活の中でも、不思議と凛の目の色が濁ることはなかった。
ただ、日々を生きるのに精一杯という顔をしていた。
「副長」
「あ?」
咥えた煙草を落とさないように返事をすれば、
「今日も頑張ってください。」
凛は穏やかな顔をして笑った。
繰り返される、明るい話題は殆どない仕事内容。
こんな毎日を過ごしながら笑っていられる凛は、揺らがない信念を腹の中で抱えているに違いない。
「あァ、北條もな。」
これが、いつもの別れ。
夜になれば必ずどちらかが、もしくは二人とも、怪我をした身体にそれぞれ包帯を巻きあう。
凛は俺を「土方さん」と呼び、俺は凛を名前で呼ぶ時間。
身体の傷ついた部分を隠さないようにすることで、以前より互いに遠慮なく話せるようになっていた。
「土方さんって、包帯が似合わないですね。」
凛が辛そうに笑えば、そんな顔をするなとつい言いたくなってしまう。
だが、そんな言い分は余計なお世話だとも知っていて。
「オマエも似合わねェよ。だから早く治せ。」
俺は悪態をつきながら、凛のか細い身体に薬を塗る。
切り傷、擦り傷、どれも綺麗に治ってくれるよう密かに心配しながら。
コイツに傷痕が残らないよう、普通の女としていつかここから出ていけるように。
そう考えると、決まって最後は胸の奥で何かがざわめく感覚に捕らわれる。
ざわめきは日に日に大きくなっていったが、俺は感じ取れないふりをした。
この日々を、一日でも長く味わっていたかった。