アゲハ蝶
□Smile
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〜香りを思い出しては嘆き〜
視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚。
ひとの感覚で、一番記憶に残るのは。
非番の日は、なんだか落ち着かない。
特に天気が良かったりすると、何かしていたい気持ちになってしまう。
「…いい天気になりそう。」
寝起きの浴衣姿のまま障子を開ければ、太陽の光を浴びたせいで目がしぱしぱした。
転海屋の一件、ミツバさんの死。
あれから三週間が過ぎた。
一人でできることはだんだん増えて、周りの皆も少しずつ変わっていく。
変わらないものはない。
いつだって、それぞれのあるべき方向を見て、歩いていく。
毎日いつも通り生活してるということは、土方さんとも普通に話せるということで。
自分の存在が、たとえミツバさんの代わりだとしても、それは仕方のないことだから。
そうやって、少しずつ気持ちを収めていく。
感情をさりげなく押さえる方法は、痛いほどわかってる。
時計を見れば、いつもより朝寝坊していたことに気づく。
最近、無意識のうちに疲れを溜め込んでいたのかもしれない。
(代用品としての、生活に。)
朝ごはんはどうしようかなと考えながら、身支度を整える。
非番の日は、お休みってことが他の隊士にわかりやすいよう隊服以外で過ごしてねと山崎さんに言われていて。
借りている浴衣や着物の中から、濃紺の浴衣を選んだ。
昼間はまだ暑いときもあるから、肌触りのよい綿の浴衣で。
でも、夕方や夜は夕陽も虫の音色も秋になっているから、色は落ち着いた深みのある色がおすすめ。
そう教えてくれたのは、山崎さん。
本当に色んなことを知っていて、皆をよく見てる、凄いひと。
地味だって言われてるけど、きっとそれも含めて監察なんだろうなと思う。
朝ごはんの時間が終わった食堂は、誰もいなくて静かだった。
食事を摂れなかった時は勝手に食べ物を漁っていいからね、と言われていたのを思い出しながら、冷蔵庫の中を確認して。
同時に一つ、思いつく。
少し難しいかもしれないけど、山崎さんに習ったばかりのあれを作ってみよう。
もしうまくできたら、と考え事をしながらお米を測って水でとぐ。
お米の粒を傷つけないように、丁寧に、かつ素早く。
水に浸している間に、必要な食材を冷蔵庫から出して下ごしらえ。
お米を炊く間に、もう一つ、別の料理を作ってみる。
こんなにも、色んなことができるようになって。
何かしたいと思ったときに、それができるということはいいことだなと思いながら。
(昔と違って、今なら何でもできるよ。)
―うん。
(昔いた場所に、帰りたい?)
…それは、わからない。
(どうして?)
とても嫌なところにいた気がするけど、そこで誰かが待っていてくれる気がするから。
(…そのひとがどんなひとでも、帰りたい?)
それは、
ピーッと、炊飯器が鳴る。
蓋を開ければ、ごはんがつやつやと炊けていた。
一口食べてみれば、お米の甘みがよく出ていて。
「よかった…これなら作れそう。」
さっきまで考えていたことを無理矢理忘れるかのように、自分は続きの作業にのめり込んでいく。