アゲハ蝶

□He Wasn't
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〜日々は過ぎゆく 光の速さで〜










季節が過ぎようとしている。

昼間はまだ暑いが、夜になればいくらか涼しげな空気が漂い、虫の声は秋のものになり。

日が沈むのがほんの少し早くなって、空は僅かに高くなった。

空気の湿り気も緑の匂いも、だんだんと変わっていくだろう。







ミツバの葬儀から、十日が過ぎた。

密葬に近い形式だったが、添えられた花と線香の匂いが品良くたちこめ、ミツバの顔は安らかで。

何故か万事屋も顔を出し、「香典だ」と激辛せんべいを置いていった。

総悟は俺に対して何も言わず、喪主を務め忙しそうにしていて。

残された者が悲しみに浸る暇がないように、葬式だの喪主だのなんて仕事があるのだと改めて感じる。







火葬場の外で一人、煙草に火をつけ酸素を深く吸い込む。

紫煙を吐き出せば、それよりもずっと空高いところへと、うっすら白い煙が昇っていくのが見えた。



「…元気でな。」



生きてはいないのにおかしな話だと、我ながら感じる。

あの世だの輪廻転生だの、都合のいい話は信じていないが、ミツバの幸せだけは願わずにいられなかった。







武州へは近藤さんと総悟だけで赴き、納骨を済ませたという。

局長不在の穴を埋めるべく俺も動いたが、松葉杖なしで一日中歩き回るのは難しく、仕事量は減らさざるを得なかった。

出血の割に傷が浅いことだけが、唯一の、不幸中の幸いで。



山崎はあの変な頭を何とか元に戻し、相変わらず忙しそうに働いている。

転海屋の事後処理で、黒幕が転海屋ではなく他の組織だということが懸念され、その調査を行っていた。

「現場に残された武器が、予想の半分以下です。おそらく誰かが持ち去ったか、処分したか…。」

悔しそうな顔をしながら話す山崎。

「なら、黒幕を突き止めるのがオマエの仕事だ。」

「わかってますって。」

あーもう、と文句を言いながらも、山崎の目つきは真剣だった。

これなら、何も心配はいらないだろう。







日々は、過ぎていく。

どんなに思い通りにならなくても、生きてさえすれば、時間は万人の間を平等に流れていく。







北條も、いつも通り生活しているように見えた。



夜になると、遠くをぼんやりと眺めることが増え、時折寂しそうな顔をする以外は。



それは今までにない、何とも言えない表情だった。

見たこともないが、例えるならかぐや姫が月に帰ることを想像しているかのような、微妙な雰囲気で。

北條も故郷が恋しくなったのだろうかと思って問えば、まだ昔のことは思い出せないと言って苦しそうに笑った。







転海屋の一件、ミツバの死、全てが終わったあの日の朝。

一日の終わりと始まりが重なって、俺が北條の隣で眠りに落ちて。

どういうわけか、いつもより深く眠れて、疲れが取れて。

麻酔が切れて痛む身体も少し楽になったような気がした。

目覚めたとき、真っ先に視界に入ったのは、正座したまま俺の顔をじっと見つめる北條の姿。

俺は思わず片手を伸ばし、ただ一言、声にする。



「…ただいま。」

「おかえりなさい、土方さん。」



俺が差し出した手を、北條は両手で包み、時々きゅっと握る。

その手首には、まだ包帯が巻かれていて。

ああ、コイツを何とかしてやりたいと思いながらもう一度目を閉じて。





再び瞼を開けたときには、きちんと俺の部屋に寝かしつけられていて、隣には誰もいなかった。

午後の蒸し暑い空気と、打ち水をしたのであろう、ひんやりした空気が混ざり、窓の隙間から流れ込んでくる。

北條の手の感触が、まだ俺の中に残っていて。

アイツが世話してくれたのだろうと、鈍く動く思考が結論を出す。

北條は誰に対しても丁寧に向き合う。

何かとできないことが多くても、その点だけは誰よりも優れているのかもしれない。





穏やかというのが相応しい午後。

その日一日だけ休み、翌日からは完全に癒えきらない身体を押して働くような生活に戻った。







さらさらと音を立てて、時は進んでいく。



それは砂時計のように止められず、一定の音で規則性を持ち、流れ落ちる。










砂が詰まることなど、想像もしないまま。









   
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