アゲハ蝶

□Tomorrow
1ページ/17ページ











瞼の上が、うっすらと明るい。

身体の重さを感じながら、目を開ける。

空気が、朝独特の湿気と緑の香りを秘めていて。

上半身だけ起こせば、見慣れた自分の部屋が広がる。

きちんと敷かれた布団の中に、身体はすっぽりと収まっていた。

掛け布団から、微かに煙草の匂いがする。

土方さんの、匂い。







昨日の夜中、土方さんが帰ってきて手当てをしてあげて。



抱きしめてもらって。



ひどく落ち込んで乾ききった心が、徐々に潤うような感覚だけ覚えている。







起き上がり、ぺたぺたと素足で土方さんの部屋の前まで行く。

土方さんの気配はない。



「…仕事しなきゃ」



ふと我に返って、慌てて準備をする。

おなかが減っていたので、まずはきっちりと朝ごはん。

食堂の隅のテーブルで、手をあわせていただきますを言う。

今日は鯵の干物定食。

炊きたての白いごはん、わかめとねぎのお味噌汁、胡瓜と茄子のぬか漬け、納豆、小松菜と油揚げと人参の煮びたし。

鯵の干物には、大根おろしが添えてある。

よく噛んで残さず食べれば、身体の隅々まで栄養は巡り、血が作られる音がした。





(生きていくために、食べることは必要不可欠でしょ。)

―銀さんも言ってたし、あの人も言ってたよね。


(…そうだね。あのひとのこと、覚えてるの?)

覚えてないよ。

なんとなくそう思うだけ。


(覚えてればよかったのにね。)

…そうかな?





自分、あのひとから逃げてきたんじゃないのかな?

(…さぁ?)









ごはんは一口分だけ残して、包み紙にこっそりと包む。

食器を片付けて中庭に出れば、毎日やってくる雀の鳴き声が聞こえた。

お米の残り粒をあげるうちに、いつも中庭に来てくれるようになった小さな雀。

しゃがみこんで包み紙を取り出し、雀にごはん粒をあげる。



「毎日暑いよね…でも、おなかが減ったらちゃんと食べなきゃだめだよ。」



雀はちょんちょんとはねながら、ごはん粒を一粒、嘴にくわえた。





「絵に描いたようなサボり方してやすねィ。」



不意に後ろから声をかけられ、驚いたのか雀は素早く飛んでいってしまう。



「沖田さん」



振り向きつつ名前を呼べば、沖田さんはチューペットをかじりながらどんどん近づいてきた。



「凛に、頼みたいことがありまさァ。」

「何ですか?」

「今から出かけやす。ついてきてくだせィ。」

残りのチューペットを自分に差し出す沖田さんは、いつになく真面目な顔をしている。

拒否権は、きっとない。

行き先や目的は聞けない雰囲気だった。





「…いいですよ、準備してきます。ちょっと待っててもらえますか?」

それでもそう答えたのは、相手が沖田さんだからだ。

沖田さんは、肝心なところではいつも自分を護ろうとしてくれた。

普段ちょっとした意地悪をされても、悪態をつかれても、そんなの全然気にならない位真剣に。

沖田さんのまっすぐな心に、少しでもお礼がしたかったのかもしれない。





「門の横にパトカーを用意しておきやすから。」

そう言って自分に手を差し出すのは、沖田さんなりの「ありがとう」の合図。

手をとって立ち上がり、軽く頭を下げ、自分の部屋へと小走りで駆け出す。





銃と脇差しを持てばいいかと思いながら、ふと刀が目についた。

一回も使ったことのない刀はどうだろう。

自分にこんな大きな刀が使いこなせるとも思えないし、恐らく必要ないはずだ。





部屋に入り、銃と脇差しを手に取ったあと、ふと机の上の置き手紙が目に入る。

読んでみれば、走り書きでも綺麗な字で、一目で書いてくれたひとがわかった。



『北條さんへ この前、使い方を説明した携帯電話です。今日はこれを必ず持ち歩いてください。 山崎』



一緒に置かれていたのは、黒くてつやつやした携帯電話。

何日か前、山崎さんに使い方を教わりながら「もうすぐ北條さんの分も届くから、楽しみにしててね。」と言われたのを思い出した。

携帯電話はころんとした形で、掌の上に収まる。

パチンと音をたてつつ画面を開けば、既に電源は入っていた。



「山崎さん、ありがとう。」



後でお礼を言わなきゃと思いながら、携帯電話を隊服のポケットにしまいこんで、足早に部屋を出る。










〜外の世界に、飛んでいけると信じて〜









    
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ