アゲハ蝶

□When You're Gone
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〜夢中で手を伸ばしても、届かない〜










それは、色褪せかけた記憶の片隅。







『土方さん、ごはんを食べないと元気が出ませんよ。一緒に食べていきませんか?』



『拾うってことはね、責任を取るということなのよ。』



いつも丁寧に正論を並べて、見守るような目で総悟や俺を見ている。

毎日を、笑顔で過ごして。

そして時々、たしなめて。





そんなありふれた日々を好むミツバには、普通の幸せを手に入れてほしかった。

俺ができることは、何もなかった。





江戸に来てからは、女には困らねぇし激務続きで余計なことを考えなくて済んで。

それが、ただでなくても遠い過去をますます遠くさせた。

武州での生活があったからこそ今の真選組があるのに、距離だけは広がっていく。










目を開ければ、窓から日差しが差し込んでいて。

強い夏色の光が、寝過ごしたことを俺に悟らせ。



勢いよく起き上がれば、乱雑に散らばった書類が目につく。

北條に整理を頼もうかと思ったが、隣の部屋から北條の気配は感じられない。

きっと既にどこかで働いているのだろう。

俺に拾われたせいなのか、どこまでも真面目な奴だと思いながら。



軽く頭を振って、一日の予定を思い浮かべながら煙草に火をつける。

とりあえず、明日に向けて竹刀の素振りでもしておくべきなのだろう。

それから、今夜も山崎と張り込みをして。

仮眠、見廻り、会議に事務処理までこなせそうか計算する。





明日の晩は、俺一人。







転海屋がクロだった場合は、俺が。







考えがまとまる頃には道着に着替え終わり、そのまま鍛錬場へと向かう。



人のいない広い空間は風通しもよく、深呼吸を繰り返す。

道着を着て竹刀を持つと、あれだけ混沌としていた心が落ち着き。

やはり本来、刀は和装で手にするべきなんだろうと思いながら、鍛錬場の真ん中で正座をした。

朝練が終わり静寂が戻った鍛錬場には、暑さの中にもどこか張り詰める様な空気が残っている。





精神統一。





その言葉通り、竹刀に全神経を集中させて、立ち上がる。

素振りを始めれば、まだ無心に剣を持てることに安心し。

身体が酸素を求めることも汗をかくことも、今なら気にならない。





強くありたい。

悩まないように、迷わないように。



大切なものを、失くさないように。







「土方さん」



気配もなく、声だけ聞こえる。

どことなく冷たい響きの、聞き慣れた声。



「一手、ご教授してもらってもいいですかね」



振り向けば、総悟がいて。





避けては通れない。

多分、竹刀をあわせるしか互いに伝える術はないのだろう。





「…あぁ。」





低い返事を一つすれば。










答え合わせの時間が始まることを察したのか、空気と身体中の血が、一瞬で流れを変えるのを感じた。








    
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