アゲハ蝶

□Complicated
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〜ひらひらと、虚しさが舞う〜










窓から細々と朝日が差しこむ。

夏の朝は、早い。

午前四時には空が白み、一時間もすれば太陽の光が身体を焼く。





昔から、朝は苦手だった。

あの強い光を浴びると、身体が溶けてしまうのではないかという感覚がして。







結局マトモな睡眠は取れず、身体にはだるさだけが残った。

夜になれば寝て、朝が来れば起きる。

そんな生き物としての在り方まで歪めて生活していたと、改めて認識する。

「…っ、」

しかも今日は、恐ろしいほど寝覚めが悪い。

何か夢を見たような気もしたが、意識がはっきりする頃には内容なんてすっかり忘れていた。

「五時か」

あと一時間もすれば、剣道の朝稽古が始まる。

煙草に火をつけ、窓から外を眺めれば、この世の全てを焼き尽くすような太陽が、じりじりと照り出していた。

きっと今日も暑いだろう。





風呂にでも入ろうと思い、音を立てないよう気づかいつつ着替えを準備する。

北條の部屋の前を通れば、当たり前だが人の気配はない。







アイツの気配は、いつもどこか所在なさそうな感じだった。

記憶をなくし、他人に、しかも野郎に「ここにいてもいい」と言われて戸惑わないわけがない。

できるだけ屯所での生活に馴染めるように配慮したつもりだが、うまくいったのかはわからないまま。







今になってようやくわかる。

あの満月の晩、北條を拾った理由。





帯刀していたからでも、傷ついていたからでもなく。

本当は、北條を救ってやりたかっただけで。



汚い世界の中で、細々と光るようなアイツの笑顔を見てみたい。

そんな自分勝手な理由で、拾ってきてしまった。





責任など、取れるはずもない。







「…せめて誰か、幸せにしてやってくれ」

北條の部屋の壁に触れながら立ちつくす。

こんなときまで他人任せな思想に、我ながら反吐が出る。

いつ死ぬかわからない俺に付き合わせて、いつまでも隣に置いておくわけにはいかない。

アイツにはアイツの幸せが、この広い空の下、どこかに必ず用意されている。





それは、俺がかつてミツバに抱いた気持ちと同じだ。





ミツバへの気持ちに決着をつけたと、俺は勝手に思い込んでいた。

けれど、実際は違う。

ミツバの幸せをいつでも祈っていた。

彼女を幸せにできなかったことを悔やんでいた。

おまけに今は、彼女の亡霊を手元に置いている。





北條凛。





北條に対して惨い仕打ちをしていることに、初めて気づいて。

否、気づかないふりをして。





「…胸クソ悪ィ」





そう漏らした俺は浴場へと向かった。



こんな思想を洗い流すために。





「真選組副長」に戻るために。









    
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