アゲハ蝶
□Runaway
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(いつだって、舞う機会を待っている)
「山崎さん、できました!」
「よく頑張ったね、味見していい?」
「お願いします」
屯所で生活するようになって、一ヶ月と少し。
料理を全くしたことがない、そもそもしたことがあるかないかさえ覚えていない自分は、山崎さんに料理を教えてもらっていた。
「…うん、おいしい。よくできてる」
「本当ですか?」
「満点あげられるよ」
何度もやり直して、ようやく作れるようになったのは。
「あれだけ練習して作れるようになったのが玉子焼きですかィ」
沖田さんが食堂に顔を覗かせる。
「玉子焼きは基本ですから」
山崎さんがにこにこしながら答えれば、
「こんなの誰だって作れやすぜ」
そう言って玉子焼きを一瞥する沖田さん。
確かに沖田さんの言う通りだ。
それでも、玉子を割るところからスタートした自分にとっては、くるくると何重にも巻かれた玉子焼きは至難の技で。
「まぁ、沖田隊長も北條さんの玉子焼きを食べてみてください。味は何派ですか?」
「だし巻き派」
「じゃあ…」
恐る恐るだし巻き玉子と箸を差し出してみると、沖田さんはひとかけらをつまみ上げ、ひょいっと口の中に入れた。
「…おいしい」
息が止まるんじゃないかってくらい緊張して。
その一言で、今まで大変だったことを全部忘れるくらい嬉しくなって。
「よかった…」
「沖田隊長のお墨付きなら大丈夫そうだね」
自分と沖田さんのやり取りをにこにこ笑いながら見ている山崎さんは、今日も穏やかだ。
「明るい黄色がお弁当向けの甘い味付け、こっちは明太子入り。青菜や海苔を一緒に巻いたのもありますから」
山崎さんはひたすら優しい。
せっかくもらった傘を失くしてしまったと言えば、気にしないでと励ましてくれて。
沢山面倒見てもらっているのに、ますます申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
そう訴えれば、
「北條さんは知らない環境で頑張ってるんだから、色んなことがあるよ。何か失敗しても気にしないで」
と答えるだけだ。
「ザキ、他の料理も教えてやれって」
「基本ができなきゃ応用はこなせないですよ。それより沖田隊長、何かあったんですか?」
「あー、屯所の前に凛を探してるって客が来てますぜ」
「…?北條さん、知り合い?」
「心当たりないですけど…行ってきます」
山崎さんにお礼を言ってからエプロンを外し、食堂を出ようとしたところで沖田さんに呼び止められた。
「凛」
「何ですか?」
「旦那と親しくするなら、土方コノヤローにバレないよう注意しなせェ」
「…?えっと、それじゃ」
ぱたぱたと走り出せば、山崎さんと沖田さんの話し声が微かに聞こえる。
「ちょっ…まさか沖田隊長、」
「アイツを探してるのは、万事屋の旦那でさァ。どこで仲良くなったんだか」
夏が、満ちていく。
(飛び出す準備を忘れずに)