アゲハ蝶

□Too Much To Ask
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港での事件から一ヶ月が経つ。





事件の経過報告によると、黒幕は最近流行している武器密売の元締めだという線が濃いらしい。

まだ調査中ではあるが、何にせよ物騒な世の中だ。

それでも近頃はマシなほうで、目立って怪しい動きをする天人や商人も特にいない。

北條の肩の傷と総悟の打撲は順調に回復し、何事もなかったかのように日常が戻ってきた。





唯一変わったことと言えば。



『トシ、凛ちゃんは副長補佐ということにしないか?むしろ副長補佐に決定で!』

『近藤さん、俺に補佐は必要ないって何回言えば…』

『けど、女中にするには料理の腕前が足りないですよね』

『山崎、テメェは余計なこと言うな』

『土方さんは食い物を何でも犬のエサに変えちまいやすから、文句がないだけでさァ』

『総悟!』



というわけで、屯所における北條の立場は副長補佐。

役職上、寝室も俺の隣の部屋の小さな空き部屋が使われた。

副長補佐と言っても俺につきっきりではなく、日替わりで色んな仕事や雑用をさせている。

適性がはっきりとわからない以上、そうさせたほうがいいと判断したのは俺だ。

近藤さんと幕府の護衛に行ったり、他の隊士達や総悟と剣の稽古をしたり、山崎から料理の仕方を習ったり。

平隊士にも声をかけ、仕事を手伝ったりするので、隊士達と顔馴染みになったようだと山崎から報告も受けた。

どんな境遇かロクに知りもしないが、寝泊まりする場所があるだけで人は随分安心するものだ。

北條が普通に生活している様子を目にすると、俺自身も心なしか穏やかな気持ちになる。

ただし、アイツに関しての情報は何も入ってこない。

当の本人も相変わらず何も思い出せないのか、たまに苦しげな顔をする。

そんな表情をさせたくない一心で、無理するなとアイツに言い聞かせることがよくあった。

過去を思い出せるのか、思い出せないかは依然としてわからない。

ただ、俺は北條がまた怯えてしまわないかと恐れていた。

あの夜、病室で見た北條の顔は、今も俺の心深くにだけ存在する。

誰にも言っていない、あの晩のこと。

アイツの奥に潜む過去。





山崎の調査も進んではいないようで、今のところはアイツの身辺に関する手がかりは見つからない。

ただ、よくも悪くも敵意は感じられなかった。

総悟に預けた刀はひとまず北條に返したが、北條は刀を抜くことはなく、見廻りにも脇差一本で行く。

怪しいのには変わりがないが、現状は害がなさそうだという評価が真選組全体の見解だった。

ここにいる間くらいは幸せであってほしい。

そう思わずにいられないのは、ごく自然なことだろう。








北條は、スポンジが水を吸い込むように様々なことを覚えていく。

見廻り、書類のまとめ方、掃除、剣の稽古…あまり難解なことはさせなかったが、人手不足の真選組にとってはそれでも十分で。

勿論、着替えも化粧の仕方も習得済みだ。

元々、礼儀作法には長けていたので、松平のとっつあんにもすぐに可愛がられるようになった。

頭の包帯もなくなり、掌の傷も完治こそしていないが回復してきている。

この調子なら、おそらく身体の傷も治りつつあるはずだ。

そんな過程を近くで見ているのは気分がよかった。





拾ってきた蝶の羽が、癒えていく。





「土方さん、何かお手伝いすることはありませんか?」

「この書類、近藤さんに目を通してもらうように頼んでくれ」

「はい」





憂いのない足取りで屯所の中を飛び回る。

その自由さ、軽やかさがやけに眩しかった。





アイツは蝶に似ている。

俺は、満月の夜に傷ついた蝶を拾ってきたのだ。









    
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