アゲハ蝶
□How Does It Feel
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〜夢のはじまりを、今〜
「とりあえず、何ができるのかわかってから服の準備をしましょうか」
俺に殴られたところに氷嚢をあてつつ、山崎は提案した。
「そうだな。それからコイツの部屋と屯所の案内。そのへんは山崎、お前に任せる」
「またそうやって…」
「俺は朝稽古の当番だ、道場に顔出してくる」
「それなら北條さんも連れていってあげてください。で、一試合してもらったらどうですか?」
「…お前にしては真面目な意見だな」
「一言多いですよ!俺は朝飯食べてきます。副長はどうしますか?」
「いらねェ」
「北條さんは?」
「えっと、どちらでも…」
「オマエ、いくら記憶がないからって腹減ったかどうかくらい普通わかるだろ」
真剣に考え込む北條を見た俺は、半ば呆れていた。
この調子でコイツに何かできることがあるとは、とても思えない。
「彼女もきっと緊張してるんですよ。北條さんには、何か簡単なものを作ってもらいますね。あとで北條さんに差し入れに行くから、よろしくね」
「山崎さん、ありがとうございます」
ぱあっと笑顔になる北條。
…忙しいヤツだ。
「…にしても、着物じゃ試合できないだろ。山崎、北條が着れそうな道着はあるか?」
「平隊士の予備ならありますけど…」
「それ、持ってきてくれねぇか。」
「いいですよ。着替えは、」
「俺がやっておく」
「副長ってやっぱり…」
「つまらねーこと言ってないで、早く持ってこい」
「了解」
山崎は苦笑いを浮かべながら、一礼して廊下を歩いていった。
その場に残された俺と北條は、必要最低限のやり取りを始める。
「あの、土方さん…って呼んでいいですか?『副長』がいいですか?」
「名字でいい」
「…土方さん。自分、何ができるでしょうか…」
「それを今から確認するんだろ」
「何もできなかったらどうするんですか?そのときは出ていかなくちゃいけないですよね…」
怯えた目をしたコイツは、残酷な言葉を口にする。
自らの置かれた状態がこんなに不可解でなければ、コイツはもっと笑っていられたのだろうか。
情け容赦ない言葉をかけようかと一瞬思ったが、口を衝いて出たのは俺自身想像もしなかった話だった。
「そのときは仕事を覚えろ。俺や山崎…ここにいるヤツら皆で、仕事を教える」
「…覚えられなかったら?」
「何度でも、練習すりゃいい」
「…はい」
北條の目が安堵の色へと変わる。
ふわふわと流されるように、軽く、淡く。
やがて山崎が荷物を抱えて戻ってきた。
「副長、道着と着替え持ってきましたよ。北條さん、汗かいたらこっちに着替えてね。あとは…」
「悪いな」
「いえ、北條さんのためですから。他の物も後で準備しておきます」
「山崎さんも、何でもできるんですね」
そう言いながら、手渡された服を物色する北條。
ガキのようなあどけなさを浮かべた表情は、昨夜より幼く見える。
「じゃ、また後ほど」
山崎はすぐにその場を去った。
「さて…と。まずお前が覚えなきゃならねぇのは着替えだな」
「土方さん、着替え得意なんですね」
「まぁな」
真意は口にすべきではないと思った。
北條の身体にある無数の傷。
これがある程度綺麗に治るまでは、コイツの身体を人目にはつかないようにしたほうがいいだろう。
惚れた女がこんな傷まみれじゃ、おそらくマトモな男なら萎えるはずだ。
傷が浅くなれば、きっと誰もが振り向く容姿になる。
それまでは俺だけに、その身体を見せればいい。
「ほら、ちゃんと覚えろよ」
「はい」
煙草を消しながら、自室の戸を開け促せば、北條の明るい声が響いた。
〜いつかまた飛べるようになると信じて〜