アゲハ蝶
□Goodbye Lullaby
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知らなくていいかどうかは、知ってしまうまでわからない。
(じゃあ、問題。)
―何?
(拾われてよかったかどうかは、拾われた今でもわからない?)
そんなこと、
(…ずっと前にも、似たようなことがあったよね。)
考えたくないよ。
今日までは、皆の仲間でいたいから。
午後の日差しが窓から飴色の筋になって差し込む中、山崎さんと資料室で資料整理をする。
資料室は本が沢山保管されている他に、書類やパソコンもあった。
「あーまた出しっぱなしにしてるよ…絶対沖田隊長だ。」
山崎さんはぶつぶつと文句を言いながらも、出しっぱなしにされている書類を綺麗にファイリングして元の棚に戻す。
皆それぞれ大雑把なところがあったり、気まぐれだったり。
そのフォローをするのが土方さんや山崎さんの役目なんだろう。
役に立てたかはわからないけど、今までずっと二人のお手伝いをさせてもらえたことが嬉しかった。
自分も、資料を一つずつ確認しながら丁寧にしまう。
「皆にも北條さんを見習ってほしいよ、ほんと。」
山崎さんはそう言いながら困ったように笑った。
色んな感情を優しい笑顔に含めて、自分と接してくれた山崎さん。
沢山の知識を惜しみなく与えてくれて。
本当は、何かお礼をしてあげたかったひと。
でも、何でも一人でできてしまう器用な山崎さんに自分がしてあげられることが思いつかなかった。
「山崎さん」
ふいに呼んでしまった名前。
口をついて出てきた声は、静かな空間の中でしっかりと本人に伝わってしまって。
「どうしたの?」
山崎さんは棚の影からひょこっと顔だけ出してくれる。
呼んだ理由を考えなきゃ。
どうして山崎さんの名前を呼んでしまったのだろう。
(きっと意味があるよ、だって君のことだから。)
意味なんてあるのかな。
(今だけは、正直に。)
―うん。
手にしていた資料をきちんとしまった後で、足早に山崎さんの方へと歩く。
「あの、」
山崎さんの隊服の裾を掴んで、じっと見据えて。
「いいと思います。」
「え?…どうしたの急に、」
言葉にするのが難しくても
「地味でも、携帯の着信履歴が土方さんばっかりでも、あんぱんをスパーキングしても、地味でも、土日もお祭りの日も仕事してても、地味でも」
「…北條さん、地味って言い過ぎだから」
「それも全部山崎さんです。」
伝えようとしなければ、伝わらない。
「自分が尊敬した、山崎さんですから。」
山崎さんは呆気にとられた表情のまま、自分をまじまじと見る。
もしかしたら言わないほうがいいことを言ってしまったのかもしれないと思って、咄嗟に目を瞑った。
何か言われると思って耳に神経を集中させていれば、ふわっとした感覚が頭に感じられて。
目を開けてみると、山崎さんが頭を撫でてくれている。
「あ…」
拍子抜けして、思わず変な声が出てしまう。
「北條さんがそんなに強気で話すの、初めてかもしれないね。」
少し俯き加減になった自分を眺めながら、山崎さんはくすくすと笑っていた。
どんなときも落ち着いてる山崎さんだけど、今はなんだかいつも以上に大人っぽく見える。
「北條さん、ありがとう。」
「えっと…」
率直なお礼の言葉をもらって、今度は自分がぽかんとする番になった。
「よかった。北條さんはもっと言いたいことを言っていいんだよ。別に遠慮してるわけでもないと思うけど。」
山崎さんは優しい声をしていて、自分の頭を撫でてくれる手つきは滑らかだった。
「頭の傷も治ったみたいで安心した。記憶も、いつか思い出せるといいね。」
「…はい。」
(そのとき、君はもうここにはいないけど。)
撫でられるのが気持ちよくてそのままでいれば、山崎さんはずっと手を動かしてくれていた。
最初から最後までこのひとには甘えたままだったと、ひっそり反省をする。
次に会うとき…そんなことはないと思うけど、もしどこかで会えたなら。
そのときは、自分が山崎さんを甘やかしてあげよう。
助けたり、何か教えたりできるように頑張ろうと、前向きな気持ちになる。
これも一つの思い出。
普通なら忘れてしまいそうなほどありふれた、自然な日常。