アゲハ蝶

□Runaway
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夜道を、昼間と同じように原付の二人乗りで駆け抜ける。

銀さんは、やっぱり何も言わない。

でも、気まずいわけじゃない。

そんなところも土方さんと似ていると再確認する。

(誰かと比べてしまうのは、人間の特権だからね)







結局、自分は屯所の前まで送ってもらった。

「今日はごちそうさまでした」

「どーいたしまして」

「それから、一緒にいてくれてありがとうございます」

「俺がそうしたかっただけだから、気にすんなって。また遊びに行こうな」





そう言って、来た道を引き返そうとする銀さんの背中を見送る。

自分を支えてくれた銀さんに、何かしてあげられることがあればいいのに。

できること。

ああ、そうだ。

帰ろうとする銀さんの着流しを、咄嗟に掴む。

いつだって、ちょっとの勇気が必要なんだ。

「銀さん」

「どうした、急に」

「玉子焼きは好き?」

「好き」

振り向きながら答える銀さんは、どこか甘い匂いを漂わせている。

「今度玉子焼き作るから、食べて…もらえないかな」

そう話してから気づく。

玉子焼きなんて、どう考えてもパフェ以下だ。

誘いの言葉は、自然と語尾が小さくなる。

銀さんは、原付に乗ったまま自分の顔を見た。

死んだ魚みたいな目に、微かな光が射したように見えたのは気のせいだろうか。

「凛が作るわけ?」

「そうだけど、嫌だったら」

「食うから作って、激甘なやつ。楽しみにしてる」

銀さんはそう話して、自分の頭にぽんっと手を置いてくれる。

偶然かもしれないけど、頭の傷は避けてくれた気がした。

「じゃ、またな」

挨拶を残して、原付で夜の街に消えていく。

やっぱり、空色が似合うひとだ。







銀さんの後ろ姿が見えなくなって、ようやく現実に帰ってきた気がした。

今日一日、殆ど何も仕事はしてないけど大丈夫かな、とか。

今まで近藤さんや土方さんに何も言わないで屯所を離れたことはなかった、とか。

怒られる想定をしながら恐る恐る屯所の中を歩いて、自分の部屋まで辿り着く。

隣の土方さんの部屋は暗く、人の気配もない。

ほっとしたような寂しいような、妙な気持ちになった自分はそのまま縁側に座り込んだ。





中庭の深緑からは、夏の香りがする。

青っぽく湿った、葉や幹の濃い香り。

深呼吸をしてから、柔らかく目を閉じる。

寂しいときは、こうして夜を乗り越えた。

それだけははっきりと思い出せる。

でも、あれはどこなんだろう。





「北條」

不意に後ろから声がして、びくっと振り向く。

そこにいたのは、いつもよりほんの少し煙草の匂いが強い土方さんだった。










   
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