アゲハ蝶
□Runaway
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屯所に来てからずっと、思っていたこと。
存在したい場所と存在できる場所は、違うということ。
「それは俺が答えを出しても意味ねーだろ」
「…そうだよね」
変なことを言ってしまった、とこっそり悔やもうとしたとき。
「凛は誰と一緒にいたいんだ?」
銀さんは何の遠慮もなく、そう尋ねた。
「…それは、」
「凛が一緒にいたいと思うヤツと一緒にいればいいだろ」
その通りだ。
一緒にいたいひとと一緒にいる。
ただそれだけのことなのに、どうして躊躇ってしまうのだろう。
「凛が昔のことを覚えてなくても、傍にいてくれりゃいいってヤツは必ずいる。世の中広いからな」
「…そうかな」
「もしそんなヤツに出会えなくて、チンピラ警察にもいられないなら、そのときはウチに来りゃーいい。野宿よりマシだろ」
雑な話し方と憎めない声。
銀さんの言葉が、自分の奥に触れる。
溶け出したアイスが、砂浜へ染み込んでいくように。
「銀さんは優しすぎるよ」
ここまで親切にされると、逆に甘えていいのか心配になる。
それは、自分が真選組に対して感じてる気持ちと同じで。
自分は今、どんな顔をしてるんだろう。
「甘えられるときに甘えとけって」
くしゃくしゃと頭を撫でる銀さんの手は、大きくて温かい。
触れられるのが気持ちよくてぼんやりしていると、アイスは透明に近い空色を指先へ滴り落としていた。
「あ、」
「すげェ溶け方」
そう笑って、今にも崩れてしまいそうな自分の食べかけの空色を、銀さんは口にする。
おいしそうに食べるひとだ。
「手、貸してみな」
銀さんに右手を差し出せば、手に零れ落ちた空色の雫をぺろっと舐められて。
「あ、の…」
大丈夫だからとか、色々言えるはずなのに。
自分は何故か動けなくなってしまった。
(このひと、全部見透かしてるかもよ)
そうかもしれないね。
(君の暗い世界は、底がないのにね)
…うん。
(救いたいの?)
そんなこと、できないから。
(そうだよ。君は誰にも救えない)
「銀さん、大丈夫だから、その…さっき言ったことは忘れて?」
ぎこちないかもしれないけれど、意識して一生懸命笑みを浮かべてみる。
すると、銀さんはきっぱり言い放った。
「忘れねェよ。その代わり、凛が秘密にしてほしいなら誰にも言わねー」
「…っ、」
このひとは、狡いひとだ。
「秘密、で」
「わかった」
指切りげんまんな、と銀さんに小指を絡めとられると、何だか無性に泣きたくなった。
きっと、銀さんは泣いても許してくれるし見逃してくれる。
だからこそ、泣けない。
「凛がしんどくなったら、俺を呼べ。呼ばねーと、死ぬほどパフェ奢らせるからな」
「…うん」
一度だけの、小さな返事。
それを確認するかのように、銀さんは穏やかな目をして自分の顔を覗き込む。
小指だけ絡ませたまま夜の海を見ていると、繋がった指先は熱を持ち始めた。
(また、知らないほうがいいことを知っちゃったね)
でも、後悔はしないよ。
(本当に?)
本当に。
明日からは、きっと大丈夫。
今のことを忘れない限りは。