アゲハ蝶

□Runaway
7ページ/12ページ











屯所に来てからずっと、思っていたこと。

存在したい場所と存在できる場所は、違うということ。





「それは俺が答えを出しても意味ねーだろ」

「…そうだよね」

変なことを言ってしまった、とこっそり悔やもうとしたとき。

「凛は誰と一緒にいたいんだ?」

銀さんは何の遠慮もなく、そう尋ねた。

「…それは、」

「凛が一緒にいたいと思うヤツと一緒にいればいいだろ」

その通りだ。

一緒にいたいひとと一緒にいる。

ただそれだけのことなのに、どうして躊躇ってしまうのだろう。

「凛が昔のことを覚えてなくても、傍にいてくれりゃいいってヤツは必ずいる。世の中広いからな」

「…そうかな」

「もしそんなヤツに出会えなくて、チンピラ警察にもいられないなら、そのときはウチに来りゃーいい。野宿よりマシだろ」

雑な話し方と憎めない声。

銀さんの言葉が、自分の奥に触れる。

溶け出したアイスが、砂浜へ染み込んでいくように。

「銀さんは優しすぎるよ」

ここまで親切にされると、逆に甘えていいのか心配になる。

それは、自分が真選組に対して感じてる気持ちと同じで。

自分は今、どんな顔をしてるんだろう。





「甘えられるときに甘えとけって」

くしゃくしゃと頭を撫でる銀さんの手は、大きくて温かい。

触れられるのが気持ちよくてぼんやりしていると、アイスは透明に近い空色を指先へ滴り落としていた。

「あ、」

「すげェ溶け方」

そう笑って、今にも崩れてしまいそうな自分の食べかけの空色を、銀さんは口にする。

おいしそうに食べるひとだ。

「手、貸してみな」

銀さんに右手を差し出せば、手に零れ落ちた空色の雫をぺろっと舐められて。

「あ、の…」

大丈夫だからとか、色々言えるはずなのに。

自分は何故か動けなくなってしまった。








(このひと、全部見透かしてるかもよ)

そうかもしれないね。

(君の暗い世界は、底がないのにね)

…うん。

(救いたいの?)

そんなこと、できないから。

(そうだよ。君は誰にも救えない)








「銀さん、大丈夫だから、その…さっき言ったことは忘れて?」

ぎこちないかもしれないけれど、意識して一生懸命笑みを浮かべてみる。

すると、銀さんはきっぱり言い放った。

「忘れねェよ。その代わり、凛が秘密にしてほしいなら誰にも言わねー」

「…っ、」

このひとは、狡いひとだ。



「秘密、で」

「わかった」



指切りげんまんな、と銀さんに小指を絡めとられると、何だか無性に泣きたくなった。

きっと、銀さんは泣いても許してくれるし見逃してくれる。



だからこそ、泣けない。







「凛がしんどくなったら、俺を呼べ。呼ばねーと、死ぬほどパフェ奢らせるからな」

「…うん」

一度だけの、小さな返事。

それを確認するかのように、銀さんは穏やかな目をして自分の顔を覗き込む。

小指だけ絡ませたまま夜の海を見ていると、繋がった指先は熱を持ち始めた。





(また、知らないほうがいいことを知っちゃったね)

でも、後悔はしないよ。

(本当に?)

本当に。





明日からは、きっと大丈夫。

今のことを忘れない限りは。









   
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ