アゲハ蝶

□Runaway
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夏の湿気を帯びた空気を感じる。

太陽はひたすら眩しくて、暑い。





温い風を切りながら、しっかりとした背中にしがみつく。

このひとの背中はあったかくて、どこか少し甘い匂いがする。

原付の乗り心地はパトカーよりも荒っぽい。

背中越しの風景がいつもと違って見えるのは甘い匂いのせいか、それとも風を切る音のせいか。

「あの、坂田さん」

「銀さんだって」

「銀さん」

「どしたー?」

風と原付のエンジン音に負けないよう、少し声を張り上げて。

「どうして自分と出かけるんですか?」

「傘のお礼」

「お礼されるほどのことは、してないですよ」

「凛を濡らしたお詫び」

「お詫びって…」

「いい男は雨に濡れてもいいオトコだけど、いい女は濡らしちゃいけないの。こんなに天気がいいんだ、他に理由は必要ねェだろ」

「…そうなんですか」

「そう。あと、敬語も使わなくていいから。逆に俺が気ィ使う」

「は、い」





天気がいいから出かけるなんて、物凄くこのひとらしい気がする。

自由で青空が似合って、きっと何でも見透かしていて。





「にしても、あちぃなー。日が落ちるまで避難するしかないか…何か食いたいモンとかある?」

「食べたいもの…おいしいもの!」

「じゃ、パフェだな。世界で一番うまい食いモンだから」





銀さんは少し雑な言い方をするのに、全然怖くなかった。

甘い匂いが漂う背中が好きだなと思いながら。

強くぎゅっとしがみつけば、銀さんはちらっと自分を見て笑みを浮かべて。

アクセルを踏んで、この世界を走り抜ける。







(世界で一番だって)

うん、楽しみだね。

(前にも言われたね)

何を?

(君が一番だって)

そうだっけ?

(そうだよ、覚えてないの?)

うん…まだ何も思い出せない。

(じゃあ、思い出したくないのかな)

何を?

それに、誰が「自分が一番」って言ってくれたの?

(秘密)

意地悪。

(いつかわかるよ)









   
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