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□艶ヤカ哉、
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それに気づいたのは、彼と別れて数分後のことだった。

「これは…テツヤの忘れ物かな」

見覚えのない、シンプルな水色の大学ノート。自分の部屋のテーブルの上にぽつんと置かれたそれを見て、氷室は呟いた。
数分ほど前までは、このマンションの一室である氷室の部屋で大学生1年生である氷室は同じ学科の級友である黒子テツヤと押し寄せる課題の波にどうにか立ち向かおうと協力して課題を消化していた。きっとこれは、その時黒子が忘れていったのだろう。
見ていた限り、黒子は課題をやっている最中このノート以外にペンを走らせなかった。これがなくては今日の2人で頭唸らせた時間は全て水の泡だ。
まあ実は黒子に想いを抱いている氷室としては、黒子と過ごす時間全て無駄という言葉は当てはまらないのだが。
クローゼットにかけてある黒のPコートに袖を通し、ノートを手元からバッグに移す。黒子にもう一度会えるいい口実が出来た、と氷室はこの後どうデートに持ち込むかについて考えながら黒子にメールを打った。

黒子から帰ってきたメールは、相も変わらず堅苦しい文章だ。もう少しくだけてくれた方が色々とやりやすいんだけどな、と氷室は悪い笑みを浮かべながら、ノートの受け渡し場所を指定したメールを再度黒子に送った。
待ち合わせ場所の駅前に着く前に何人かの女性に所謂逆ナンをされたが、氷室はそれを全て受け流して足を進める。
駅前に着いても、黒子の姿は見あたらない。まだ来ていないのだろうか、と思ったが、先程来たメールでは『もう着きました』と書いてあった。だとしたら、極端に影が薄い黒子のことを自分が見つけられていないのだろう。
それがどうも腹立たしくて、辺りを見回す。しかし、黒子の影が存在を主張することはない。
その時、少しばかり躍起になっていたせいか、注意力が低下して人にぶつかってしまった。

「ああ、sorry」
「あら、大丈夫よ」

ぶつかった人物は、長身の部類に入る氷室でも高いと感じる身長に、美人寄りの整った顔立ち、そして男性が話すには違和感が生じる、女性言葉…言ってしまえばオネエだった。しかし、氷室は幼少期アメリカで過ごしていたこともあってか、そういうことに対してのハードルが一般の日本人より低かった。大して気にも留めないまま、黒子探しを再開する。
しかし、次の瞬間、氷室は違う意味でその人物に対して目を向けることになった。

「あらぁテっちゃん!偶然ね〜!」
「実渕さんじゃないですか。お久しぶりです」

低くも艶やかな声が、氷室の神経をざわめかした。それに答えるのは、自分が聞き間違える筈もない、黒子の声。
その人物を目で追うことによって、氷室はやっと、水色を捕らえた。

「テツヤ!」

人混みをかきわけて、そこへ向かう。名前を呼ばれた黒子は、その声の在処を見つけて微笑んだ。
実渕と呼ばれていたその男が、顔を歪めたのを、氷室は見逃さなかった。
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