むやみに

□ガラスの靴屋さん
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エントランスには見慣れないシルエットの馬車が月明かりに照らされていた。彼が光る何かを片手に叫んでいるのが聞こえる。少女が無言で小さく手を降って、馬車へ消える。
庭園には二人しかいないかのように、それはそれは絵になる光景だった。
発車する馬車を階段から見下ろす彼の背中に見えるのははっきりとした気落ち。
無理して走った靴擦れがズキズキして、痛くて、わたしは木陰にうずくまって泣いた。


国から出たお触れは、硝子の靴に合う少女を妃に迎えるとの事で、心底馬鹿馬鹿しいと思った。名前も訊けないなんて昔から変わらないよね、と上の空で考えた。
新聞に掲載された硝子の靴とわたしの紅い靴は、まず光沢が違った。大切にしまっておいたとは言え昨夜走り回ってせいもあってか、わたしの靴はもう輝いてはいなかった。


暫くして、名もない小さな伯爵家から次期王妃が生まれた。世間は完全に祝福モードで毎日お祭り騒ぎの中、わたしはあの靴を捨てた。見たくなかった。気合いをいれてお洒落して、結局見ず知らずのお嬢様に混じって、赤ワインに酔って帰ってきただけ。小粒のサファイアも、彼の目に留まることはなかったんだから。
硝子の靴を手に王家の執事が来たときには、靴擦れが酷くて履くことすら出来なかった。わたしの靴じゃないと分かっているのに、捜されているのはわたしじゃないと分かっているのに、ずっと待っていたのが哀しくて。

あの少女の何が彼を射止めたんだろうか。わたしにチャンスすら与えないのは、きっと神様の意地悪だわ。
硝子細工みたいなお姫様、と新聞がうたったあの少女に、わたしは一つだけ尋ねたい。



ねえシンデレラ、その靴誰に貰ったの?
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