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寡黙と憂鬱に咲く[8]


12.
お腹が空いた。
裸で肩を並べ、がつがつと米を食らう二匹の光景は、原始人の食卓を思わせる。

「コンビニの漬物って意外と美味いな…」
「だろ?馬鹿にしちゃいけねえよ24時間営業」

24時間営業は関係ないと思う。
床の上ではまるで隙のない暴君だというのに、こうして普通に会話のやり取りをしていると、
随分な天然ぷりが伺える。
だからこそこの男は家庭が持てたのだろう。
曲がりなりにも妻と子を作り、安穏な日々を送ろうという平和主義の一面があったからこそ。
どんな思いで結婚したのかとか、そのうち聞いてみたいものだ。その日は、来ないかもしれないが。

「お前も食う?美味いよカルビ」
「遠慮しとく」
「可愛くねえな」

可愛さなど、この荒み切った心のどこに持ち合わせているのだろうか。
どうしていつも楽しく出来ないのだろう。
魅力的な男とする、こんなにも平和な食卓さえ、自分の思考回路は静寂すぎる。

「どんなの彫んの?」
「え?」
「刺青」

味噌汁を啜りながら、銀八が問うてくる。
秘密、にするほどのことでもないが、完成してから彼の反応を見たいと思った。

「出来たら見せるよ」

さりげない次の約束だった。セっクス禁止令などもはやどうでもよかった。
彫った当日にでも、銀八の前で裸を晒してやりたい。

「施術日いつだっけ」
「5日後」
「会えるか?」

驚いて銀八の顔をまじまじと見た。
同じことを、この男も望んでいたのだろうか。

「夜は平気。セっクス禁止だけど」
「生殺しってやつか、意外とS気あるなお前。俺にオナニ―して帰りなさいと?」

笑い話。銀八はそんな間抜けな男ではないし、する気がなければ最初から会わないだろう。

「努力はしてやるよ。あくまで努力な」

努力という言葉が似合わない男だ。笑ってやると、彼も軽く笑う。
いつの間にかテーブルはビニールと味噌汁の空きカップ。ゴミ溜めのようになっていた。
食後の口直しにと、ペットボトルを開けて何口か飲む。

「シャワー浴びるか」
「ん…」

コンビニの袋にゴミを詰める。
銀八が処理したものはビニールの中で、何のまとまりもなく散乱していた。大雑把な男だ。

浴衣を洗面所まで持っていき、木製の、いかにも昔風の浴室に入る。
五右衛門風呂みたいなものがあった。桶も木製だ。洒落ている。
それでも時は現代、一応シャワーはついているし、シャンプーもボディソープもある。
シャワーの温度を調節すると、銀八がそれを手渡してくる。


「洗えよ」


高杉にシャワーの取手を掴ませると、どこまでも貪欲な男の器官を見せつけてきた。
ペニスを清めろと。
既に刃物のような尖がりを見せる肉棒に唾を飲み、高杉はボディソープを手に取り、銀八のそれを握りこむ。

「……っ」

滑りやすいから感度もあがるのか、高杉にペニスを刺激される度に銀八は眉を寄せる。
徐々に酔いを感じつつ、高杉は愛撫を施したそれにシャワーをかけた。
頭を掴まれる。

「しゃぶれ」

銀八は奴隷に命じる。シャワーを奪い取り、先端を口に含んだ奴隷の身体が冷えぬように、
雨を降らせてやる。
すごい。硬い。高杉はペニスの真ん中までを何度も頬張り、先端を舌で舐め、時に根元まで飲みこみ、
頬をすぼめて強く吸った。
味がしてくる。ますます膨らむそれ。銀八が感じてくれている。

「………」

奉仕に夢中になっている高杉の髪を、無意識に触った。

「ん…ん…」
「舌で裏をなぞれよ」

高杉は舌を突き出して、男の玉袋から先の尖りまでを念入りに舐めた。
喉も、内臓の中も、これに貫かれてしまいたい。そんな衝動に駆られる。
両頬を包まれて、口の愛撫を止められる。
そのまま立たされると、唇を吸われた。

シャワーを止める。銀八は手にボディソープをつけ、高杉と接吻を繰り返しながら、彼の股間を弄る。
粘性のある掌が行き来する度に、電気が流れたように両脚が震えた。
指が一本、裏の路に忍びこんでくる。

「ぁんん…っ」
「お前も触れ」

高杉に自身を握らせる。
銀八は高杉の陰部を、高杉は銀八のペニスを快感の熱に包んでいった。

「あぁっ、あっ、あ…っイっちゃい、そ…」
「はっ、俺も…気持ちイイよ…」

はっとなって、高杉は思わず銀八にしがみついた。


「も、う…挿れて…っ」


繋がりたい。ただそれだけだった。
銀八の指がさらに奥を探ってくる。

「俺をその気にさせてみろよ…」

言えなければ指で終わらせる。
指が2本に増え、高杉はより一層声を昂ぶらせた。

「銀八のちンぽ、しゃぶらせてっ」
「口でか?」
「…っお、お尻の穴でっ」

イキそうになって腰が浮いた。爪先立ちで再びキスをする。

「てめえで股を開いて、ど淫乱なケツの穴を晒すか?」
「う、ん…」
「指を宛てて、ここでいっぱいしゃぶらせて下さい、て言うか?」
「んっ」

目尻に涙を浮かべた高杉が強く頷く。
銀八の指が二本とも緩やかに引き抜かれた。

浴室を出てベッドに向かう。
濡れた身体も拭かずにシーツに背を預け、跨る銀八の前で脚を大きく広げた。
腹部に膝をつけ、明りに照らされて菫色に染まる不浄な入口を晒す。

「しゃぶらせて…」
「どこで?」
「ここ……」

息をあげながら、口をはくはくさせている聖穴を指で広げてみせる。


「晋助のお尻の穴で、銀八のちンぽ…しゃぶらせて……中に、いっぱいぶちまけて」


リンパ線が痛い。付け根に痛みが走るほどに、両脚を割られる。
男の満足気な表情には、征服の悦びとも違うものが隠れ潜んでいた。
火のような塊が自分の扉をこじ開けて、容赦なく進みゆく姿を横目で見る。
ああ、繋がっているのだ。


「あっ、あっ、あっ」


荒々しい蹂躙で飛ばされかけた意識を、高杉はシーツを掴むことで繋ぎとめる。
下は熱い。死ぬほど熱いし、涙が勝手に出てくる。
だめだ、すぐにでもイってしまいそうだと、許しを請う瞳で眼前の男を見上げる。
色っぽい顔をしていた。
いつになく辛そうな面もちで、眼前の男は突き穿ちを繰り返していた。

「っやべ…っ」

銀八の張り詰めた声が聞こえた。次の瞬間、モノが引き抜かれる。
呆気にとられ、突如運動をやめた獣の様子を伺い見る。
引き抜いた自身の昂ぶりを収めるようにして、シーツに手をつき、銀八が息を荒げていた。

「悪ィ…俺がイっちまいそうだ…」

高杉も彼も、戸惑っていた。
半分放心した状態で肩で息をする高杉に覆いかぶさり、銀八が唇を吸ってくる。
こんなに、彼の唇は柔らかかっただろうか。
唇を離したときに一瞬だけ目が合い、何かが胸を貫通した。
形は漠然としていた。

一息ついて、再び銀八は高杉の体内に入る。
どんな相手を前にしても早漏れだけは避けたいし、早漏れしそうだから挿入出来ない、と言うのも、
彼のプライドが許さなかった。


「ああっ、イイっっ」


高杉の胸が反り返る。呼吸困難になりかけている淫の口が銀八のそれを吸い取ろうとし、
その度に銀八のそれも、著しく成長を遂げる。


「イクぞ、晋助っ、ああイク…っ!」


銀八が喉から絞り出したような声で、自身の解放を告げる。
高杉も限界を迎えた。
飲みこんだ銀八の熱が奥まで流れ、高杉も全身を痙攣させながら吐精した。
呼吸を整えるまでに時間を要した。

そのうち銀八の手がティッシュ箱に伸び、お互いの汚濁を拭きとる。
後、銀八はシーツに身を投げ出し、大きく息をついた。
暫く、言葉は発さなかった。
高杉はちらりと横を見やる。
性の暴君は疲労しきった様子で、目を閉じたまま深呼吸をしていた。

(………)

気づけば高杉の指は、銀八の頬を掠っていた。

「何…」

かったるそうな声が返ってきた。

「何でも…」

引っ込めようとした手を掴まれる。
瞼をあげた銀八と視線がかち合った。
何を思っているのか、お互い探り合っている様子で。

銀八が頭を起こしたかと思うと、そのまま抱きしめられる。
丁度銀八の胸の中に、高杉は小さく収まった。


(………)


初めてではない。恋人同士でなくとも、他の男とだって疑似恋愛はしたことがある。

「少し寝よう…」
「………」

まだ時間はある。言い訳だろうか、それは。
枕もとのデジタル時計はまだ22時。
終電まであと2時間ほど。あと一回、いや偶には。

日常に疲れた、お互いの休息時間でもいいか。
お前は今、父親である時間を忘れてくれているだろうか。

(くだらねえよな…)

呆れた溜息を一つついた。

13.
機械的な騒音によって現実に引き戻される。フロントからの電話だ。
寝起きの掠れた声で銀八が受話器を持つ。

「…はい、大丈夫です」

退室時間の知らせだろう。時計を見て、もうこんな時間かと銀八が焦り気味に言う。
大分寝てしまったらしい。喉もからからだ。

「間に合うか?」
「ん、何とか…」

終電まであと20分。あまりゆっくりはしてられない。
勢いよく起き上がり、軽くシャワーを浴びた。
浴衣は脱ぎ捨てたままで、元の服に身を包む。
冷蔵庫の中のミネラルウォーターは持って帰ろうか。2本のうち一本を、銀八が投げてきた。

受け止めたそれはよく冷えていた。鞄に詰め込む。
銀八は一口だけ飲んで仕舞いこんでいた。

街は一段階暗くなっていた。オフィスや飲食店の明かりは消えている。
道を照らすのは妖しげな光と、24時間営業のコンビニエンスストア。
それと駅。


「改札まで送ってやるよ」


帰る線が違う。銀八のほうが終電も遅いらしい。
電子マネーには3000円弱入っているからチャージの必要はない。
改札まで真っ直ぐだった。

「じゃ、俺あっちだから」
「ん、サンキュ」
「バイト頑張れよ」
「うん」

手にしたカードを、すぐには改札口に翳さなかった。
もう少し会話がしたいと思ったが、“距離”を置くためにそれは踏みとどまった。


「連絡する」


電話の仕草をした。
背中を向けていた銀八が振り返り、「おう」と一言、笑みを零した。
その笑顔にほっとした。
本当はもう会ってはならない気がしたのに。

終電まであと2分。高杉は改札口をすり抜けた。
爽やかな曇り空。そんな心境で。


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