『恋乱』〜三日月の華姫〜

□三日月の華姫【九夜】〜凪沙視点〜
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*…*…*


京の宿にて主・真田幸村が伊達政宗公に会いに行くと部屋を後にし、
そのすぐ後に姿を現した女忍者――

『蝶花』と一戦交え、その異変に気付いた佐助とあをが私の部屋へと駆け込んでくる。


「さて…
この女、どうしてくれよう?」


私はそう口にしたはいいが、おいそれとこの女を今の自分自身で、どうこう出来ないと思った。
けれど…殿…幸村様は私に

『後の事はお前に任せる』
と、仰って下さった。


「よくも…
霧隠…この私の気持ちを知りながら…
他の女と!
なんて妬ましい!!」



先程まで佐助からみぞおちに一撃をくらい、蝶花は失神していたが、やはりそこはくノ一の修行を積んだ者だけあって、すぐに意識を取り戻した。
そして今、私の前で絞り出すような声で、何度もぶつぶつと同じ台詞を繰り返す。
その姿はまるで、蛹の抜け殻のようで、それがまた余計に哀れに見える。
致命傷にはなっていないとは言え、背中の傷からは血が流れている。


『恋』という名の花に、己の感情を完全に支配された哀れな蝶…。
その姿は毒にも等しい。

『恋』に己の身を委ねても、決して『忍び』としての誇りは見失わず、自分の使命はきちんと果たすもの。私や才蔵殿とは違う…。

…少なくともこの女は、このままでは恋しさ故に、才蔵殿か夕顔様に必ず刃を向け、害を及ぼすに違いない。
けれど、そんな事は断じてあってはならない。

そして…
自らこの女は、確実に不幸の路を辿っていく…
重い罪と悲しさを背負って――…。

私は同じくノ一として、女として、蝶花の末路を考える。
けれど…、いくら考えても答えは見付からない。

私は蝶花ではないのだから、答えが見付からないのは当然の事だけれど、やはりそれが何とも歯痒い。


私はキリッ… と、唇を噛む。

その時――…

口から血を流す蝶花にハッとする。
その【行為】に直ぐ様気付いて、それ以上の事が出来ないよう、素早く自分の指を蝶花の口に入れる。

舌を噛み切ろうとしたのだ。


「自/害等…
今は止めておくが良い
大体こんな所でしなれては目覚めが悪い…」


…「お前は」と、私は一呼吸置いてから訊ねる。


「才蔵殿に会いたいか?」


その言葉に、あをが


「姉上様!
それは危険なのでは…」


と、慌てた口調で言うのに対し、それを佐助が手で静かに制した。


「…会いたい…
愛しい恋しい…
…そして憎い…あたしの才蔵様…」



「会ってどうする?
お前は才蔵殿には想い人が居る事くらい知っているだろうに」


「……………」


私は項垂れたままの蝶花の前にしゃがみ、顔を覗き込んで同じ目線になるようにした。


「才蔵殿の想い人とは…
例えて言うなれば
しっとりとした甘美な香りを纏う華…
月から舞い降りた天女…
控え目な外見ながらそう思わずにはいられない
可憐な姫君」



「……………」


その場が しん と静まり返る。

黙りを決め込んでいるという事は、夕顔様のお姿は多分、蝶花もそう認めて居るのだろうか――…。
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