『恋乱』〜三日月の華姫〜

□三日月の華姫【七夜】〜凪沙視点〜
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*…*…*


幸村様が私の部屋から出て行くと、スッと立ち上がり天井裏に潜む人影に向かって話掛ける。


「…この部屋に潜んで居るお前は、何者か答えよ…」

そう冷淡な口調で言うと、私は鋭い眼を天井裏に居る人物に向けた。

――クスクスッ…

天井裏に居る人物は只、小さな声で笑っているだけ。

「では質問を変えよう…
お前は『伊賀者』か『甲賀者』のどちらか?」


すると天井裏に居た人物は、サッと足音も立てずに私の前に、その姿を現した。

目の前に現れたのは女。
黒い忍び装束からは、所々に見える雪花石膏のような肌と、艶かしい身体がその忍び装束からも見て取れる。
そして何よりも――…

その女の顔は、どことなく可憐な…そう…『夕顔』と似ていた。


「…お久し振りね 凪沙
暫くしない内に真田幸村のご正室とは…
何とも素晴らしいご出世だこと」


部屋に現した女は、私を前にして、淡々と…クスクス含み笑いをしながら話してくる。

私は軽くため息を吐いて、目の前の女に言った。


「お前は伊賀者の
『蝶花』…才蔵殿の手下のくノ一か」


でも、才蔵の手下であるくノ一が何故、こんな間者のような真似事をするのか…。
その真意が中々掴めない。
自分は元より、一流と呼ばれ選ばれたくノ一は皆、その上に更に勝れた忍びの元に与し働きをするのが、くノ一の仕事だ。


クスクスと含み笑いだけを続ける蝶花を、睨んだ。
蝶花は含み笑いをピタリと止めて、刺さるような鋭い視線を私に向けながら、言った。


「あたしが何故
ここに来たか…知りたい?」


そう静かに口にすると…
蝶花は眼を見開いて

「あたしは今
伊達家にお仕えしている女…だから政宗様の片腕である片倉様に命じられて
ずっと追い掛けてたの
政宗様の一番と称された
行方不明になったご側室を…
そして…やっと見付けたと思ったあのご側室は…

よりにも寄って一度為らず二度も情を通じ…あたしを可愛がってくれたあの方…才蔵様と!
――許せないっ!!」



そうまくし立てて、嫉妬の炎をその眼に宿し、肩をブルブルと震わせている蝶花の姿に、私は冷めた眼差しを向けた。

そもそも、くノ一を正しく書けば、『女』となる。
もはや、蝶花はくノ一では無く、『只の女』に成り下がったと見えた。
周りも見えない、自分の恋だけに溺れた哀れな女。

こんな者にうろうろされては、厄介に過ぎない。


私は着物を脱ぎ捨て、忍び装束の姿になった。


瞬時に畳を蹴り、手裏剣を足元に投げて、蝶花の意識をそちらに反らせ、持っていた小刀を抜き、身体を風のように翻して、蝶花の背後に回る。

――ザッ!!


一瞬にして蝶花の背中に、傷を付ける。
致命傷にはならない程度に。
成す術も無いままに、蝶花はひたすら涙を流しながら、叫び続けた。


「霧隠め…
この私を蔑ろに――!」


そして、宿の廊下をバタバタと走ってくる足音が、耳に届いた。

部屋に来たのは、
猿飛佐助と私の妹、あをの二人だった。

佐助は傷付けられた女を見て、直ぐに察しがついた様子で、蝶花のみぞおちに一撃を入れる。
蝶花はその場に崩れ落ちて失神した。
佐助とあをは、私の前にひざまついた。
 

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