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□擬似的な私
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 いつものものを頼んで、私はいつもの席へ向かった。


 隣に鞄を下す前に、鞄からあるものを取り出す。あと筆箱からボールペンを出せば、それだけで準備は完了。この時点ですでに制服を着ていることは忘れる。

 あるものことノートのページをぱらぱらとめくるだけで、日常をなるべくダメージ受けずに生活するための枷、通称リミッターは今日もいとも簡単に外れた。まばたきする間もおしんで目が限界まで見開く。その後の自分の変化はどうだっていい。



 ボールペンを持って文章の続きを書くまでもなく、店内で聞こえるはずのない雨の音が聞こえれば、もうそこは私の書いた本の中の世界。やっと私の本物の世界だ。






「……お客様、お客様」


 よく聞く若い男の人の声で、私は現実世界へ帰ってくる。眼鏡の隙間の影に見えたものは、このお店の店員の黒い制服になった。


「そろそろ閉店時間です」

「……ありがとうございます」


 またリミッターをつけてから、私は愛想笑いをはりつけて答えた。その店員に気づかれないようにノートを閉じる。

 やっと教室とも家とも照らされたノートの表紙の色が違うことでオレンジ色の照明に気づいて、カフェだということを思いだした。

 このリミッターをつけ直して帰ってくる、現実とのずれともいえるいつもの感覚にもう驚くことはなかった。


「いつもご利用ありがとうございます。よろしかったら、あと1時間ほど私とここでお話しませんか?」


 視線を伏せるのと同時に、私の中の真っ黒な空間に問いかける。問題はないだろう。両親はいつも通り遅いだろうし、私の方が後に帰ってきたところで何も気にしないだろう。


 視線を下げたことで制服を着ていることをやっと思い出したけれど、それでもその答えに変わりはない。いつも長時間居座るのだからそのくらいするべきかもしれない。

 だいたい、もしこの店内や帰り道で何かあったとしても、ここでの出来事も疑似的な世界と同じ。どうでもいい。



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