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□擬似的な私
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「いいですよ」

 少し不自然な時間の後、その不自然さを消せるようにさらに口角を上げた。


「良かった。少し待っていてください」


 彼はそう言って、この店の制服のまま店の奥へ消えた。いつの間にか白い雪の内装は春らしい花で飾られていた。そういえば、外は桜が散り始めていた。



 私は砂糖3つとミルク2つを入れて、すっかり冷めきっているいつものコーヒーを一気飲みする。


 コーヒーも苦手だけれど、さすがにこんなに長居するので飲み物ぐらいは頼まないと悪いと思って頼むのだが、私が飲むころにはさらに価値はさらに半分になる。


 でもそれは最初から何の価値もないこの世界のどうでもいいことの内の1つにすぎない。



「お待たせいたしました。いつも遅くまでお勉強お疲れ様です」


 店員は飲み物をもう一杯持ってきてくれた。それと一緒に、砂糖とミルクとさらにはナプキンも同じ数持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 びっくりしたけれど、すぐにどうでもよくなる。勉強ではないと伝える気もない。彼は私のノートを見つめながら店のものについて聞くことはなかった。


「今日もお勉強ですか?」


 私が先ほど勉強してないと否定しなかったことを気にしているのだろう。


「そうです」


 私はもう一度肯定した。初対面ではないとはいえ、こんな赤の他人に真実を話すことはできない。


「違うでしょ」

「そんなこと聞いてどうするんですか?」


 断定してくる彼に構わず、私はコーヒーに砂糖を入れる。


「僕も友人にいるんですよ。あなたみたいな人」

「私と同じ人なんているわけがない」



 『だから何なんですか』とは言えなかった。それは失敗だったが、私の内なるものが黙ってはいられるはずがなかった。



「だからあなたが初めてですよ。その人も小説を書き始めると周りが目に入らなくなるんですよ」

「私と似ているのなんて文章書いている姿だけでしょ」



 文章を書いている自分を刺激されたせいで、リミッターが少し外れかかっている。文章を書いているとき以外に外すのは危険すぎる。私はミルクを入れるふりをしてリミッターを苦労してつけ直した。


「いえ。その人は文章を書いているときと、普通に話しているときもまるで違います。文章書いているときは目をキラキラさせているのに、それ以外は何かを隠したような目をしています」

「だから?」

「リミッターという言葉をご存じなんじゃないですか?」



 私の中で今まで道具でしかなかったリミッターが、『ドクン』と鼓動をした気がした。



「……知らないわ」

「ご存じみたいですね」


 彼は私の言葉を聞いていないのだ。彼は『その人』のことを話したいだけだ。私がいちいち反応することはない。そう思い込む。私の中で何かの叫びが聞こえたような気がしたけれど、その叫びを形にするよりは遥かにマシだ。


「けれど、その人は気づいていたようですね。リミッターで抑えているものが抑えきれないことに。それほどリミッターでおさえているものは大きな力なのですから」

「だけれどその人は、どうしてリミッターで抑えなければいけないのかも知っていたはずです」

「えぇ」


 彼は自分の前にあるコップを一口飲んでいるのを見て、じらされているのかもしれないと思い当たった。中の飲み物は黒く見えるので見た目だけで何だかは分からない。


「最初僕は、リミッターをつけているのは自分を抑えるためだと思っていました」

「違ったんですか」


 ただ話を聞いているのが堪えられなくなって、私は彼の話を自分で動かした。だけれど興味のないふりをするのはまだ忘れてない。そう思うことでまだリミッターが外れてないと思い込んだ。



 この時すでに店から出ているべきだったのかもしれないが、私はこの話を途中で切り上げる気はしなかった。その時点ですでに、私はこの世界の私ではなかった。



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