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□再会は無記録
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「また『奴』にやられたらしい」
僕の事務所の窓から聞こえる雑踏の中、その言葉だけはやけにはっきり何度も何重にもなって聞こえた。それはまるで僕を責めるようでもあった。
そう聞こえるたびに薄い生まれたての影を目で追ってみるが、どれも同じに見えた。
愛称なんてものじゃない。名前を知らないから、僕らはその連続窃盗犯を『奴』と呼んでいた。
僕の後ろには30代くらいの女性。よっぽど大切だったもののようで、かれこれ僕の事務所に来てからまだ早朝なのに3時間も愚痴っている。
最近被害があるのは夜で、犠牲者は女性が多い。しかし奴は、昼夜、老若男女問わずその犠牲者を増やしている。
だがその犠牲者は全て1人も例外なく、この街に住んでいた人物。この街に現在住んでいる人だけでなく、過去住んでいた人も含まれる。
それだけでなく、奴のことを恐れこの街から逃走した人も被害に遭っている。……なぜか逃走したとたん被害に遭うのも未解決の謎だ。
その手口は斬新。いつ盗られたのかさえ被害者に気付かせない。
一番やっかいなのは、盗まれたものにどれも一貫性がないということだった。
たった1つだけ共通しているのは、その人にとって一番大切なものだということだ。値段はもちろん、大きさ、形も全てバラバラだ。ある時は世界に1つしかない壺、またある時は子供が描いた絵。
そして昨日は……。
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