第一弾<book>

□待雪草【なる】
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幾層もの過去と想いが、雪となり心に降り積もる。
それは止む事なく幾重にも連なり、心の底で固く敷き詰められている。

「…雪、か」

窓の外に目を向ければ、白い雪片が空から舞い落ちて来ていた。
もうそんな時期になっていたのかと驚く。

「うっひぇ〜、さみぃ〜!近ぇとは思ってたが、ついに降り出しやがったか」
「積もっちゃう前に、早く帰ろっと」

雪に気付いた連中が、早々に帰る準備を始める。

「なぁハッピー、雪積もっかなぁ!」
「そうだねナツ、積もったら雪合戦しようよ!」
「おぉいいなそれ!ぃよぉし、早く積もりやがれ〜!」
「ナツ、ハッピー、地面が滑りやすくなっている。はしゃぎ過ぎて転ばないようにな」
「わぁってるってエルザ、いちいち言われなくた…って、えぇ!?」
「あぁっナツぅ、言われた側からぁー!」

「……ふふっ、ナツ達ってばこんな寒いのに、相変わらずね」
「…ルーシィ」

窓際に腰掛けたままギルドの外をぼんやりと眺めていると、ルーシィが隣に立って、ナツ達の方へと目を向けながら笑った。

「……そうだな、アイツらは寒かろうが暑かろうが、騒がしいったらねぇよ」
「…アンタも暑くても寒くても、相変わらず元気そうね…。服、着たら?」
「ぅおっ!」

指摘を受け慌てて服を着ていると、ルーシィが身支度をしている。

「帰んのか?」
「うん、だって傘も無いし、長居すると、帰る時寒くて辛いから」
「んな薄着してっからじゃねぇのか…?」
「うっさいわねっ、オシャレは時には我慢するものなのっ」
「…はぁ、そうかよ。つか、送るわ」
「え?…あ、い、いいよ、グレイはまだギルドに残るんでしょ?悪いって」
「別に用事ある訳じゃねぇし。その調子だと、お前スッ転びそうだしな」
「……何よ、失礼ね」

言い訳を作り、ルーシィと共に帰る段取りを進める。
一度断られかけた事が少し気にかかりながらも、それを気にしない振りをする。

仲間としてなら、きっと、問題無い。



「うぅ〜、やっぱり寒〜い…!ホロロギウム呼ぼうかしら…」
「お前、街中でそれはやめとけよ…」
「だぁって寒いんだもーん!」

ったく、どんだけ寒がりなんだ。そう呟いて、身を縮こまらせながら隣を歩くルーシィを見る。
頬と鼻は紅く染まり、マフラーに半分以上埋まっている。その表情からは憂鬱さが見て取れた。

「…本当に寒いの苦手だな、お前」
「えぇ〜?…うんまぁ、そうね」
「……ふーん」
「暑すぎるのもだめだけど……っと、わわわっ!?」

喋りに気を取られたのか、ルーシィが地面に足を滑らせて転倒しそうになる。慌てて手を伸ばし、彼女の身を支えた。

「…ったく、危なっかしいったらねぇな」
「ご、ごめん…ありがと」

ルーシィが俯きながら、視線を逸らせながら、礼を口にする。
その身体はがちがちに固まっていて、思わず苦笑が洩れた。
…んなに緊張しなくたって、何にもしやしねぇよ。
ルーシィの髪に付着している雪を軽く払うと、きゅっと彼女が目を閉じた。

「ほら、地面が凍ってんだから気ぃつけて歩けよ」
「……う、うん」

ナツには許されている距離が、自分の場合にはひどく離されている気がして、やりきれなさが胸を圧迫する。
わかってはいたが、それでも。
ルーシィの身から手を引きながら彼女の顔を見遣るが、伏せられているためその表情は伺えない。

「…もう、ここで良いよ」
「……わかった」

彼女の言葉を断る勇気も持ち合わせず、ただ頷いた。
今日はこれ以上一緒に居ても、恐らく互いに苦しいだけだ。

仲間で良いと、思っていたのに。
彼女の瞳が誰を追っていようが構わないと、思っていたのに。

「………なぁ」
「え?」
「雪、嫌いか?」
「……グレイ…?」

ルーシィが、オレの言葉に首を傾げる。

「…気ぃつけて帰れよ」

あの頃の事を思い出すと、そこはいつも白銀に覆われている。
オレの過去は、雪と共に在る。
過去を過去としたくないと思う気持ちが未だ自分の中にあって、寒さを、雪を嫌う彼女に、それを否定された様な気がした、だなんて―…口には出せないままに、彼女から離れようと思った。
自分のエゴイズムを押し付けるようで、それは、口にしてはいけない気がした。
願ってもきっと彼女の心は手に入らない。

…何を求めてるんだ、オレは。
自然、口元に自嘲めいた笑みが浮かぶ。
早く、立ち去らねぇと。

「ぐ、グレイ…っ、きゃ…っ!?」

情けない表情を見られないようにと急いで背を向けた直後に、ルーシィの慌てた様な声が聞こえ―…

「………大丈夫か?」
「…………うん」

振り返ればオレの方へと倒れ込んで来た彼女を、自然と抱き止める形で支えていた。

「…ったくお前、気ぃつけろって言った側から…!」
「あの、さ、グレイ……」
「……何だ?」

腕の中でルーシィが俯きながら、オレの胸に当てた手を握り締めた。

「………雪はすごく冷たいし、積もるとすごく寒いじゃない?」
「…そうだな」
「けど、すごく、綺麗じゃない?」
「……」
「欠片の一つひとつがすごく美しくて、積もって光を反射させるのも、氷になっても、溶けて水になっても、すごくきらきらして輝いてて。だから…」
「………」
「だからあたし、雪は嫌いじゃない。雪を降らせてくれる寒さも、苦手だけど、…嫌いじゃない、よ」

……この気持ちをどう形容すれば良いのだろうか。
彼女の優しさが、温かさが、雪と共に胸の中に降り積もる。

「ぐれ…い…っ!?」
「……悪ぃ、少しだけ、こうさせててくれねぇか」
「………グレイ……」

ルーシィの身体を抱き締め、彼女の肩口に顔を埋める。
ったく、情けねぇ…
壊さないよう、それでも強く彼女の身体を抱いていると、そっと背に小さな手の温もりが感じられた。

「……雪ってほんと、花みたいよね」
「…花?」
「そう、花。ふわふわと、白い花びらが舞い落ちるみたい。雪花…っていうよりも、あたしには氷の花に見えるな。氷の欠片の花」

心の中に積もる雪が、その姿を少しずつ変える。
冷たく灰色に閉ざされた世界に、光が射し込む。
それは、とても温かくて。

「………何だ、それ」
「良いのー。舞い落ちる氷の花。詩的でしょ?」
「…ぷっ、そうだな」

雪がグレイの魔法に思えるでしょ。そう聞こえた気がしたが、それは自分の思い込みかも知れない。
今は未だ、それでも、いつか。
小さく笑って更に腕に力を込めると、オレの背に回された手が僅かに震えた後、ぎゅっとオレの服を掴んだ。


いつか、いつか過去を過去にしなければならない。
したいと、今、強く願う。
光を希う。
届かなくても、叶わなくても構わない。

いつか、この気持ちを君に伝える為に。






* * *

Jun.26 / 2011

雪の花 / 待雪草 / スノードロップ : 希望
 

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