第一弾<book>

□銀木犀【なる】
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「グレイの初恋の人って、どんな人?」

「ぶふぉっ!!」

唐突なルーシィの言葉に、グレイは口に含んでいた物を吹き出した。

「ちょっとやだグレイ、汚いっ!」
「おっ、お前がいきなり変な事言うからだろ!?」

咳き込みながらグレイが目の端に涙を浮かべて問うと、ルーシィが無邪気な顔で笑う。

「だって気になったんだもんー」
「ん、んなこたぁどうでも良いじゃねぇか!」
「えぇー?良いじゃない、教えてくれたってー」

グレイは不満そうに頬を膨らませているルーシィを見遣り、頬を僅かに赤らめながら怒った様にそっぽを向いた。
食べかけのパエリアを無意味にぐるぐるとかき混ぜている。

「ウルさん?もしかして、エルザとか?」
「…っ!な、何でんな事お前に言わなきゃいけねぇんだよっ!お前の方はどうなんだ?」
「あっあぁあ!? あああたしのことは良いじゃない!」
「何だそれ…」
「い、良いのー!今はグレイの話!」

正直、恋と呼べる様な気持ちを最初に抱いたのがいつかなんてわからない。過去に心を揺さぶる感情を幾つも抱いたが、それが恋かだなどと意識した事も無い。
それでも、今目の前に座るルーシィを想う気持ちを恋と呼ぶのなら、それが初恋かも知れねぇな。
そんな事を、怒るルーシィを見ながらぼんやりと考える。

「…そうだな、お前が言ったら教えてやるよ」
「え、えぇっ!?」

問い返しただけで動揺するルーシィが素直に答える筈が無いと踏んで、口元に強気な笑みを浮かべてグレイが交換条件を口にすると…

「……ほんと?ほんとね?」

驚いた様に見えたのも束の間、ルーシィが身を乗り出し瞳を輝かせた。
それを見て、グレイは僅かに後悔を覚える。

「…教えてやらなくも、ねぇかも知れねぇな」
「ほんとねっ!? じゃあ、昔に家で働いてた庭師のお兄さん!」
「……オイ、“じゃあ”って何だよ」
「気にしないの!グレイの番ね!」
「………じゃあ、昔家の近所に住んでた綺麗なおねーさん」
「………………本当に?」
「さぁな」
「ちょっと、何よそれ!」
「お前だって似たような答えだろ!?」
「ずるいー!」

彼女の“ずるい”の定義が甚だしく不明だが、ルーシィは怒って手を振り回している。
それも見ていて面白いが、彼女の機嫌を直さないと面倒だ。
冗談に聞こえる様に、努めてわざとらしく笑いながら言った。

「…実はお前だったりするかもな」

「…っ!?」

“ぼんっ!”と音がする程の勢いと力でルーシィが赤面した。そしてそのまま、震えながら固まる。

「……くくっ、やっぱお前、純情だよな」
「〜っ!! ひっ人で遊ばないでよっ!!」

……しまった、彼女の機嫌を取る予定だった筈なのに、とグレイは笑いを止めて我に返った。
彼女の素直な反応は可愛くて、つい気持ちをこちらに向けさせたくなる。冗談だと自分に言い聞かせながら彼女の様子を見るなんて、オレもガキだな。
苦笑を浮かべ、グレイは止めていた手を動かして食事を再開した。

「お前が素直に言わねぇからだろ。この話は終わりな」
「……もぅっ」
「ケーキでもおごってやっから、機嫌直せ」
「…………じゃあ、ショートケーキとブルーベリーチーズケーキと苺のタルト」
「あぃよ、お姫さん」

仕方ないからそれで許してあげる、とルーシィが視線を下に向けながら一人ごちる様に言うと、そんな彼女を褒めるかの様に、頭に大きな手が乗せられた。


「……あたしもグレイが初恋だと、思う、んだ」

紅く染まった頬を膨らましながらグラスを手にし、ルーシィが小さく、小さく呟いた言葉は、店内のざわめきに掻き消されてグレイには届く事はなかった。



そうではなくても、恋なんて曖昧なものがわからなくても、そうであって欲しいと願う。
あなたを強く意識するようになった瞬間を忘れない。
こんなに強く甘く胸を焦がす相手は、きっとあなたが初めて。






* * *

Jun.25 / 2011

銀木犀 : 初恋
 

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