第一弾<book>

□杜鵑草【なる】
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「綺麗ね」

玉のように君が笑えば、目が離せない。





「グレイって、誰か想いを寄せる人は居ないの?」

務めの帰りに立ち寄った際に、ルーシィから投げ掛けられた言葉。

「…いきなり何だよ」
「だっていつもあたしのとこ来るし、どこかの姫君に文を出しているっていう話も聞かないし、どうなのかなって」
「………お前はどうなんだよ」

単なる疑問を口にしたらしいルーシィの口調に、僅かに苛立つ。

「あたし?…そうねー…たくさん文は来るんだけど、これって言う人は居ないかな…変に流行りの言葉を使ったり、無駄に技巧ひけらかして才能誇示したり、興ざめ」
「……ふうん」

見えないだろう範囲で苦々しい顔をして、しかし声は崩さないように配慮する。
几帳越しで助かった。

ルーシィとは縁戚関係にもある幼なじみで、些末な用事にかこつけては彼女の元に顔を覗かせている。それには二つの理由がある。
思慕、そして牽制。
しかし牽制の効果は今一つのようだ。理由はどうあれ通っている男が居れば、彼女に言い寄る馬鹿も居ないだろうと思っていたが、そうでもないらしい。

(何だよ、沢山って…)

自分にだって、縁談の話が無い訳ではない。これでも宮中では才が認められ名が知られているし、地位も身分も卑しくはない。
しかしそう言った縁談を承ける気は毛頭なく、かと言って想いを寄せるルーシィに言い寄る度胸も無いままに、今の関係に甘んじている。

良い時期ではあるだろう。互いにもう結婚しても良い年頃だ。
だが―…無理強いはしたくない。
自分の気持ちを伝え、彼女が何と言うのか、想像がつかない。彼女は自分を、どう思ってくれているのだろうか。

「グレイ、歌は得意なのよね?」
「あぁ…まぁな」
「グレイからは余り文を貰ったことないけど、ちゃんと書けるの?」
「…馬鹿にすんな、当たり前」
「ふぅん…。……じゃああたしに、書いてくれる?」

一度言葉を切り、ルーシィが何か言い澱む気配が伝わる。

「…恋文」

先刻よりもやや小さく低めの彼女の声に、鼓動が大きく跳ねる。
…試しに書いてみて欲しい、ということだろうか。
それとも……
こちらの沈黙に動揺したのか、ルーシィの慌てるような声が響く。

「実はね、あ、あたし、父様に結婚勧められててさ!身分も高いし、す、素敵な人らしい、から、べ、別に……構わな、い…んだ、けど……」
「………」

初耳ではない。縁談の話があるらしいことは、彼女の侍女から聞いて知っている。だがルーシィの気持ちは、初めて聞く。
……ルーシィは、結婚を、別に構わないと受け入れるのだろうか。
欲目だろうか、彼女の声が、震えているように聞こえる。

「…結婚する前に、ただの振りで良いから、一度だけで良いから、グレイの、恋文……読んでみたい…な……」

少し押し黙った後、なんてね、と言って笑うルーシィの声が、部屋に響く。
……温い関係に甘えていた自分に嫌気がさす。彼女が自分をどう思ってくれているのか、なんて。
こんなにも、近くに居たのに。

「……文だけか?」
「…え?」

立ち上がり、御簾に手を掛ける。離れた場所から悲鳴や制止の声が聞こえた気がするが、どうでも良かった。
勢いをつけて御簾を払いのける。

「………グレ…イ……」

成長してからは直接見えることもなくなり、久しく彼女の顔は目にしていない。
数年前よりもずっと美しくなったルーシィが、そこに居た。
扇で顔を隠すことも忘れたのか、目の周りを赤くし驚いた表情で、見上げている。

「……欲しいのは、文だけか?」
「………それって…?」

側に屈み、着物の上にかかる彼女の髪を手にして、そっと口付ける。

「…欲しいなら、文だって何だって、オレの物は全部やる。代わりに、お前を…オレに……くれないか」

彼女の瞳が、見開かれる。

「他の男の物になんてなるな。ずっと…オレだけの姫で、いてくれ」

彼女の瞳から、涙が溢れ落ちる。
慌てたように顔を背けるが、拒む色は感じられない。

「……遅い」
「……ごめん」
「……………好き」
「………………うん」

小さく頷けば、様子を伺うようにこちらに向けられる彼女の瞳。
真っ直ぐ見つめ返すと、僅かに顔を俯かせ、身体をこちらに向け居直った。
顔を伏せたまま、小さく呟く。

「ずっと…好きだったんだから」
「オレだってそうだっつぅの。何の為に、大した用事もねぇのにいつも顔出してたと思ってんだ」

そう言って苦笑すると、ルーシィも少し恥ずかしそうに、嬉しそうに笑う。
涙を溢し続ける彼女の頬に手を添え、軽く指で拭う。
そっと手を握ると、震える身体。

「……オレだけの姫で、いてくれるか?」

両手を握り問うと、俯いたままの頭が小さく、縦に振られた。





「ねぇグレイ、見て。植えさせてみたの」
「?何て花だこれ」
「ほととぎす。綺麗ね」
「……何つぅか…」
「何?」
「………何でもねぇ」

花が綺麗かは置いておいて、隣に立つルーシィをそっと見遣れば、幸せそうに笑っている。
その笑顔だけで充分だ。

ずっと、大切にする。
そう心内で誓う。
幼い頃からずっとオレの心は、お前だけのものだから。



* * *


ほととぎす(杜鵑草) : 永遠にあなたのもの


 

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