第一弾<book>

□鳳仙花【碧っち。】
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まだ、ふれないで。

まだ、さわらないで。



この想いを気付かれてしまう事に、心が覚悟出来ていないから。







鳳仙花






いつどこにいても気付く声。

それは例え喧騒に紛れていても、決して間違える事なく。

鼓膜を震わせる涼しげなその声音に、自分でも呆れるほど胸が高鳴る。



「随分と楽しそうね?」



くすくすと笑いながら、顔を覗き込まれて。

バレているはずなどないと信じながら、それでも暴走した頬が勝手に熱を放つ。

そして、それを間違いなく目撃したであろうフェアリーテイルの看板娘は、ただにっこりと。



―――鋭い。



置かれたまま、微塵も減る様子のない目の前のドリンク。

意味もなく、ひとりカウンターで座り続けている理由を“知っている”と。

覗き込んできた瞳が雄弁に語り掛けてきていた。



ここにいるのは、背後から聞こえてくる声の為。

決して聞き漏らす事のないよう。

少しでも、近くで感じられるよう。



「そんなに気になるのなら、隣に行けばいいのに」

「――…っ」



カシャリ。手にしたグラスが鳴って慌てて誤魔化しても無駄な事で。

少しだけ寂しそうな色に変わった瞳に見つめられ、息が喉元で詰まり思わず喘いだ。



解っていても。納得していても。体が動かないのだ。

傍へ行こうとすると、―…どうしても。



「実は意外と臆病、なのかしら?」

「な…っ」

「立ち止まってると。…鳶に油揚げ、攫われちゃうわよ?」

「…そ、んな事、―…」



そんな事ぐらい、ずっと前から理解している。

誰が“鳶”なのか、も。

背後から聞こえてくる声に紛れて届くのは、間違いなくその声で。

きっと、今日も当たり前のように隣にいるであろうその姿が脳裏に浮かび、追い払う為に頭を振った。



「意地っ張りなんだから。…あ」

「あ?、……っ!」



突然外された視線につられて何気なく顔を向ければ、今一番来て欲しくない人物が立っていて。

不意打ち。―…これぞまさに不意打ちな登場に、落ち着き始めていた頬にまた血が上る。

そんな様子を見つめていた視線が不思議そうなものになり、やがて心配そうなソレへと変化して。

ゆっくりとその手が額へ――体温を計ろうと――伸ばされてきたのを、視界に捉えて。




パン!




「あ」「え」「あら」

思わず払い落としてしまった手を呆然と見つめて、何が起きたのか受け止めるよりも早く。

勢い良くスツールから腰を下ろし、脇目も振らずに駆け出した。



「追いかけて!」

「え?ははは、はい…っ」



背後から迫る気配に足が縺れ、息が上がる。

今、触れられてしまったら。捕らえられてしまったら。

きっともう二度と、抜け出せない。



だから。



「掴まえた…!」



手首を掴んだ温かな手に絡め取られた心は、―…永遠に囚われの身。

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鳳仙花
花言葉:「快活」「私に触れないで」「せっかち」

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