第一弾<book>

□ギリア【碧っち。】
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ギリア








「いい加減、どうにかならないかと…」

「あらあら。困ったわね」



洗ったグラスを磨きながら、言葉に反してにこにこと向けられるミラさんの笑顔。

明らかに本音じゃない言葉に同意する仕草も、やけに様になっていて。

それはまるで、実は“本当は何を言いたいの?”と問われているんじゃないかとさえ、感じてしまう。



―…“すべてお見通し”だったら恥ずかしい。



差しさわりのない会話を続けながら、意識は常に右斜め後方へ。

そこでひとりグラスを傾けているのは。…漆黒の髪をした彼。

ナツがギルド内にいる時を除いて、大概ひとりでいる事を好むグレイ。

その姿は、まるで人を寄せ付けるのを拒むかのようで。



いつも私は、足を踏み出す事を躊躇ってしまう。



「同じチームなんだから、遠慮する必要ないんじゃない?」

「ミ、ミラさん…!?」

「この際、言いたい文句全部ぶつけてみるのはどう?」

「え、文句って、そんな私は別に…っ」

「じゃないと、いつまでたっても気付かないわよ?…ナツは」

「ナツ…?あ、そ、そうですねっ」

「あら?本当は誰に不満があるのかしら?」



磨いていたグラスを棚へと片付けながら、顔だけをくるりとこちらへ向けて。

くすくすと楽しそうに、声を殺そうともせず笑う。

その笑顔の意味するところを察し、思わず頬が熱を持ち始めるのを誤魔化そうと手で隠してはみたものの。

こんなんじゃ絶対にバレバレだと脱力し、カウンターへ顔を突っ伏した。



「―…そんなに分かりやすいですか…?」

「さぁ、…どうかしら?」

「ミラさん…っ」



未だ楽しげな表情を変えないミラさんへ少しだけ恨めし気な視線を向け、それでも何とか冷静を保とうと試みる。

グレイの様子は、今までずっと変化した事はない。

この気持ちを抱く前も、気付いてからも。

ならば、悟られていないと考えるのが妥当だろう。



でも、もし気付いているけれど知らないフリしているとしたら?



“チームメイト”としての関係が気まずくなるのが嫌で、知らんぷりしてるとか。

私の気持ちに応えられないから、それならばいっそ――…?



「あぁぁぁ、そんなの絶対に嫌…!」

「―…何が嫌だって?」

「………っ!グ、グレイ!?」



突然背後から降ってきた声に慌てて体を起こせば、今まさに渦中の人物だったグレイがそこにいて。

焦っている事に気付かれないよう、必死に冷静な顔を取り繕う。

そんな私を知ってか知らずか、グレイは一瞬だけちらりと視線を投げた後すぐにミラさんの方へと顔を向けた。



「おかわり、頼むよ」

「飲みすぎちゃダメよ、グレイ」

「わかってるって」



用意出来たらテーブルまで持って行くから、と促され席へと戻るグレイ。

その後ろ姿を横目で追うことしかできない私。

誘えば良かったのに、と自らを責めても後の祭り、…だ。



―…せっかくここまで来てくれたのに。



千載一遇のチャンスを不意にした事だけは間違いなく。

たった一言が言えない意気地なしな私に、改めてため息が落ちた。



このままじゃ、きっと。

…ずっと、後悔したままでいいの?



ガタン、とスツールから勢いよく腰を上げる。

何もしないうちから、諦めたりなどしたくない。

幸運が転がり込んでくる事を願っているだけじゃ、何も変われない…!



「はい、ルーシィ」



差し出されたグラスを反射的に受け取り、何だろうと首を傾げればやっぱり楽しそうに笑うミラさんがいて。

どうしたのかと問えば、しー、と人差し指を唇に当てそっと前方を指差す。

ミラさんが示した先にいるのは。



「あ、ありがとうございますっ」

「頑張ってね、ルーシィ」



バイバイ、と小さく振られた手を心強い味方のように感じながら、1歩前へ。

目指す先は、何やらひとりでガシガシ頭を掻いているグレイのテーブル。

“今日こそは。今度こそは。”

もう何度となく繰り返したその言葉は、もう使わないと心に決めて。



「グ、グレイ!」

「あ?…え、ルーシィ!?」



驚愕に目を見開いたグレイが、徐々にその表情を綻ばせていったのを。

私は絶対に、忘れられないと思う。





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