第一弾<book>

□ベラドンナ・リリー【碧っち。】
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意地っ張りは、今に始まった事じゃないのに。



「グレイの事なんか分からないよっ」

「あぁ、そーかよ。じゃ、勝手にしろ」



体を翻し、背中を向けて歩き出したグレイ。

あと数歩で、こっちを向いてくれる。

きっとあのドアまで行ったら、振り向いてくれる。

―…そんな願いも虚しく。



ぱたん、と閉じられたドアの音が部屋に響く。

もうそこにないグレイの後ろ姿を、ルーシィは呆然と見送り続けた。









ベラドンナ・リリー








自分ひとりの気配だけが残された部屋。

ほんの少し前までは、ここにグレイの温もりもあったのに。

そんな事なんて、欠片も感じられない寒々とした室内に息が詰まる。



「…何か飲もう」



ぶるり。知らず震えた体を抱え。

ルーシィはキッチンへと足を向けた。



ヤカンをコンロにかけて、スイッチを入れて。

今日はどの茶葉にしようか。お茶菓子はどうしようか。

そんな事を考えながら。…ふと。

グレイの好きなお菓子が目について、ルーシィは慌てて視線を逸らす。



「ふ、ふーんだ。グレイの事なんか知らないんだから…!」



最初は些細な事だったのだ。

グレイが今日、ジュビアと買い物してたと聞いて。

デートできないと言われてたから、余計にカチンときて。



“ジュビアとデートだったから?”…そんな嫌味な聞き方をして。



「怒ってた、よね。グレイ…」



信じられないのか、と問われて否定できなかった。

オレが好きなのは誰だ、と言われて唇を噛みしめた。



分からないと答えた私に、グレイは小さく舌打ちをして。

部屋から、荒々しく出て行った。



今日は、会えないと言われていたのに。

部屋に来てくれて、嬉しかったのに。

なのに。―…ほんの僅かな時間いただけで、出て行ってしまったグレイ。



「イタイ、なぁー…」



ズキンズキンと痛む胸を抱えて、キッチンの床にしゃがみ込む。

今更、ボロボロと堰を切ったように涙が零れ落ちてきたけど。

受け止めてくれる胸は、もうここにはなくて。



「…グレイ―…」



届く事はないと、分かっているけれど。

それでも、噛み締めた唇の端から愛しい人の名が溢れ出て。



「グレイ、グレイ、グレイ―……!」



しゃくり上げながら、必死に名前を呼び続ける。

こんなところで後悔しているぐらいなら、最初から意地など張らなければいい。

どうして会えないと言っていたのか、素直に聞けば良かったのだ。



呆れただろうか。

嫌われた、…のだろうか。



「ひ…っ、ふぇ……」

その後ろ姿が見えなくなる前に、伝えれば良かった。



「ごめんなさい。グレイ―…」








「ばーか。遅ぇんだよ」








「―……っ!」



突然、頭上から降ってきたグレイの声に、勢いよく顔を上げて。

そこには、少しだけバツの悪そうな表情を浮かべたグレイが、佇んでいて。



「ひとりで泣いてんじゃねーよ」

「グ、レイ…?」

「不安になる必要もねぇ」



くしゃり、と頭に乗った手が髪を掻き混ぜてくれて。

その温もりにまた止まったハズの涙が溢れてきて。

怒らせてるとか、何も伝えてないとか。

そんな事はもうどうでも良くなって。



胸に勢いよく飛び込んだ私を、受け止めてくれたグレイの腕。

その温もりと逞しさと優しさに。―…また、涙が頬を伝い落ちた。



「心配すんな」



耳朶をその指先で遊んでいたグレイが、ぱちんと何かを嵌める。

そっと手をあげれば、シャランと可愛い音が響いて。

指先の触れた感覚からすると、どうやらそれはピアスらしいと気付く。



「ん。似合うな」



満足げに頷くグレイ。

ナゼ今このタイミングでピアスを?…と思えば。

“今日、会えないと言った理由はコレなんだよ”と、ぽつり。



「え。でも、ジュビアっていうのは…」

「偶然、出先で会っただけで挨拶して別れたぞ」

「そ…そうなんだ」



全てが自分の早とちりだったと知り、改めて羞恥に顔を埋める。

内緒で素敵なプレゼントを用意してくれたグレイ。

グレイの事を信じていれば、こんな思いなどしなくても済んだのに。



「ごめん、なさい…」



きゅっと、グレイの前襟を握り締める。

ぽんぽん、とあやす様に背中を軽く叩いてくれる手はこれ以上ないぐらいに優しくて。



「なぁ、ルーシィ」

「…なに?」

「もっと、オレを正面から見ろよ」

「正面から…?」

「そう。ありのままのオレを」



滑らかな頬を伝い落ちる雫を、グレイの指が拭い去る。

ルーシィはただ真っ直ぐグレイを見つめ、こくりと頷き返して。



―…そっと静かに、笑った。





End
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ベラドンナ・リリー
花言葉:「ありのままの私を見て」

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