第一弾<book>
□ヘリオトロープ ※R12【碧っち。】
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「あーぁ…。つまんないの」
もうかれこれ3時間、ずっと向かいっ放しの机の上へとペンを放り投げ、無言のまま視線を向ける。
転がったペンは開いたテキストの上を転がり、その長い指へこつんとぶつかって。
ぶつけられた相手は、手元へやってきたペンを持ち上げ、くるりと優雅な仕草で方向を転換するとすっとルーシィへと差し出した。
「お嬢様。本日の予定はまだ済んでおりませんが」
「…分かってます」
そう改めて念押しされなくても知ってるわよ、と。
腹立たしさも含めた視線でじろりと睨みつける。
そんなルーシィの視線を向けられた本人は、身にまとったその黒スーツと同じく揺るぎない姿勢のまま。
「でしたら、早く続きを済ませるのが得策かと」
「はいはい。分かりましたよーっと」
「“ハイ”は一度で結構です」
「はい!」
半ばやけっぱちのように返事をすれば、“よろしい”と向けられた満足げな笑顔。
そんな何気ない表情にまで胸が高鳴るのだから、本当にたちが悪い――…。
「お嬢様?」
ひょい、と腰を屈めてのぞき込んできた漆黒の瞳と、同じく漆黒の髪がさらりと音を立て。
間近に迫った気配に、かぁ、と頬の温度が上がる。
主と執事という間柄であったとしても、その存在はとても大切で大好きなのだ。
「ち、近いわよっ」
「おっと」
距離を取るために振り回した手を易々と受け止められ。
反射的に取り戻そうと引き寄せてしまった事で、逆にその顔がより間近に迫る。
綺麗な顔立ちに浮かべられた楽しげな笑顔は、―…絶対に確信犯のソレ。
「グレイの、バカ」
「おや?そんな言葉遣いをするようでは、まだまだ勉強が足りないようですね」
“困ったお嬢様だ”と告げる口とは対称的に、くすくすと楽しそうに笑うグレイ。
立ち居振る舞いはいつもと何ら変わらないハズなのに。
髪型を変え、黒いスーツを身に纏い、傍らから見下ろされただけでなぜこんなにも緊張するのだろうか――…。
正面から見つめてくる視線。
勝手に高鳴る心臓と、酸欠を訴える肺。
これ以上は限界だとたまらず視線を外せば、それさえも追いかけられて。
「何をお考えですか?お嬢様」
「グレイ!もう…っ、いい加減に…!」
「最初に始めたのはお嬢様ですよ?」
くい、と顎を指ですくわれ、触れる寸前まで近寄ったグレイの息がかかる。
その吐息は甘いと感じるのに、見つめてくる瞳は執事としての冷静な眼差しで。
温度差のあるグレイの態度にルーシィの背筋がぞくりと粟立った。
確かに、始めたのはルーシィからで。
グレイは巻き込まれた形だったハズなのだが。
今はもう、グレイの方が楽しんでいるとしか思えない。
「もう十分!終わりにしましょう!」
「もうギブアップですか?お嬢様」
「だから、もういいって言ってるでしょう…!」
降参を宣言しても、止めようとしないグレイ。
捕らえられた顎から指が外れる気配もなく。
まるでその感触を楽しむかのように、グレイの指がルーシィの喉を滑り落ちた。
「…っ、ふ…!」
首筋から鎖骨を伝い、その下にある隙間へ。
敏感だと分かっていながら触れ続けるグレイの指に、ルーシィの頬が赤く染まる。
「グレイ…っ」
「もうダメ?」
ひく、と肩を震わせたルーシィをくすりと笑い、更に指は中へと潜り込む。
その少しひんやりとした指先が触れ、熱を持ち始めた体とのあまりの温度差にそれすら刺激となり。
ルーシィの唇から、体の中に隠った熱が吐息となって吐き出された。
「ゲームオーバー、…だな。ルーシィ」
告げられると同時に重ねられた唇。
触れた瞬間から奥へと深く差し込まれた舌を、ルーシィは歓喜の表情を浮かべ迎え入れる。
グレイはそんなルーシィに応えるべく、その金糸に指を絡ませ、仰向かせながら全てを喰らい尽くす勢いで絡め取り、味わう。
「さぁ、始めましょうか。―…お嬢様」
「…っ、もうっ」
“それはいいから、早く”と耳元で囁かれた言葉に、グレイはその背中へ腕を回し胸の中へと抱き込んだ。
ヘリオトロープ
「それで、…どうだった?ルーシィ」
シーツの感触を直に素肌で感じながら、同じく隣で横になっているルーシィへと問いかける。
まだ興奮と息切れが治まっていないらしいその姿は、未だ色気と艶を滲ませているのだが。
今、欲望に任せてまた味わってしまえば、ルーシィの負担になるのは目に見えていて。
真っ白なシーツの上に散らばった金糸を手で梳きながら寄せ、整えながら己を沈める。
「グレイのむっつり」
「むっつ…。何だそれ」
「せっかくゲームしてたのに」
ベッドサイドに置いた本を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。
今日、何気なく本屋で手にした文庫本。
日頃あまり読まない本も読んでみようかと買って帰れば、部屋でくつろいでいたグレイに気付かれて。
(なぜ家主がいない間にいるのか問い詰めたいところだが)
ちょっとした悪戯心から“真似してみよう”と腰の引けていたグレイを無理矢理誘った。
―…までは良かったのだが。
「服まで着替えて。そんなに楽しかった?執事ごっこ」
「あぁ。まぁな」
未だくすくすと思い出し笑いをしているグレイを不思議そうに見つめ、ルーシィはその腕へと頬をすり寄せる。
執事が傍にいるのが当たり前だったルーシィには、何が楽しいのか良く分からないのだが。
グレイが楽しかったのならそれでいいか。―…なんて、思えてしまって。
「仕方ないよねぇー…」
「あ?どうした?」
「何でもなーい」
グレイが望むのなら、それでいいと感じるのだから。
―…どうしようもないよね…?
腕を伸ばし、グレイの首を抱き寄せる。
受け止めてくれた逞しい腕が、背筋を怪しく辿るのを感じながら。
ルーシィはゆっくりと瞼を下ろし、再び訪れたキスを受け止めたのだった。
End
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ヘリオトロープ
花言葉:献身