第一弾<book>

□ニゲラ【ナギハラミズキ様】
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「……様」
「んー……」
「姫様」
「……ふ、ぇ?」

ぼんやりと開けた瞳に映る、深い夜色の髪。
じっと覗き込んでる漆黒のそれと目が合って。

「そろそろ起きてくださいよ」
「グレイ……?」
「はい」
「……なんでそんなしゃべり方……?」
「なんでって、そりゃ仕えてる身ですから」
「……そうだった……っけ?」

何か違和感を覚えて仕方ないのだけれど。

「……まだ寝ぼけてんですか、姫様」

言いながら、グレイの指が目元に触れて。
とくり、と心臓が反応するのは、つまり、そういうことなのだろう。

「グレイ」
「何ですか」

「もしかして駆け落ちでもしてる?」

辺りはどう見ても街道の途中で。
自分が木陰で休んでた、らしいのは理解したのだけど。

「……本気で寝ぼけてんのな」

それまでと違う口調と、からかうみたいな笑みが、向いて。

――さっきよりも、鼓動が跳ねた。

(あ、……コレだ)

あたしの好きな、グレイ。
世界でいちばん――好きな人。

でも、

「残念ながら、駆け落ちはしてないですね」

すぐに、さっきまでの口調に戻る。

「神殿まで行くだけですよ」
「……婚儀の祝福をもらいに?」
「ああ、やっと目ェ覚めましたかね」

ふ、と笑って、グレイがルーシィの手を引き、立ち上がらせた。


――ここは、辺境の小国で。
王女であるルーシィは、三日後に婚礼の儀を控えてる。
小さな国と大きな国とで同盟を結ぶためだけの婚姻だけれど。
それは幼い頃からずっと、決まってたことだった。

だから、きっとこれが最後の自由。
婚礼前に神殿へと向かう、王族のしきたりに託けて。

いつでも傍に居てくれた、護衛のグレイと。
最初で最後の、二人きりの短い旅。

「明日の朝には、神殿に入るのよね」
「そうですね」

神殿へ入れば、禊と祝福の祈りを受けるために次の日の朝まで他人とは会えなくなる。
それが済んだら、そのまま婚儀の行われる相手の国へと迎え入れられるから。
ルーシィの身の回りの世話をする者も、変わることになっていて。

グレイがルーシィの護衛として付いているのも、神殿へ着くまでだった。

 
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