第一弾<book>

□鳳仙花【ナギハラミズキ様】
1ページ/2ページ


「や……っ!」

とっさに手を振り払ってから、はっとなる。

――驚いたように瞠ったグレイと目が合って。
ルーシィは、泣きそうに顔を歪めた。




「よう、ルーシィ」
「あっ……、お、おは、よ……、グレ、イ」

いつも通り、笑って挨拶しながら隣の席へ座ってくるグレイに。
落ち着かなくなりながら、ルーシィはカウンターへと視線を落とす。

最近、ずっと、こんな調子だ。

頬が熱くて。
ドキドキと煩い心臓を静めたくて、胸元で、きゅっと手を握る。


グレイがずっと好きだった。

チームで一緒に行動できるのが嬉しくて。
その声も笑顔も手も全部、自分だけに向けて欲しくて。

だから。
グレイも、ずっと好きだったって。
告げられた時は、信じられないくらい、幸せで。

二人の関係が、ただの仲間、じゃなくなっても。
グレイの態度は前と変わらないのに。

……変わらない、ようでいて。
頭を撫でてくる手とか、向けてくれる笑顔とか、名前を呼ぶ声、も。

ルーシィにだけは、なんだか、とても甘くて。


(……つ、付き合う前って、どう……してた、ん、だっけ、あたし)

そんなことすら、もう思い出せない。


他愛のない話をしてても。
グラスを置いただとか、持ち上げただとか。
中身を飲み込む仕草だとか。

ふとした拍子に、心臓が跳ねる。

絡みそうになった視線から逃げて、自分のカップに手を伸ばして。
ちょうどグラスを置いたグレイの手と触れそうになって、慌てて引っ込めた。

「……ルーシィ?」
「な、なんでもない、っ……!」

ああダメだ。

好きなのに。
もう想いを隠さなくてもいいはずなのに。


想いが通じる前より、もっと、

……触れるのが怖いなんて、どうして。


「……なに緊張してんだ」

甘い、笑みといっしょに。
ぽふん、と頭の上にグレイの手が乗ってくる。

「べべ別に緊張なんかしてない、もんっ」

勝手に、びくっと震えてしまった肩をごまかすみたいに、拗ねた振りをして。


それでも、ギルドで会ったり、みんなで仕事に行く時は、まだ。

平気な振りだって、できるのに。



部屋に来た、グレイと。
二人きり、になってしまうと。


「ルーシィ」
「……っ、あ、」

名前を呼ばれた、だけで。
……どうしたらいいか、わからない。

「……顔、」
「は、ぅえ、えっ!?」
「真っ赤」

く、とグレイが笑って。
大きな手に、くしゃりと、髪が撫でられる。

二人きりの時は、もう本当に。
グレイの表情にも態度にも。
甘さが、増して。

「……〜〜〜ッ」

動悸が煩い。
触れられると、どうしても身体がびくりと強張ってしまう。


ルーシィの反応を、愉しげに見てた、グレイが。
不意に、笑みを消して。

ぎしり、とソファが軋む。


もう何度か、されてる――キスの体勢だっていうのは、すぐに気付いたけど。

まだ慣れなくて。
ただ恥ずかしくて。

心に溜まっていくばかりの気持ちに、溺れてしまいそうで。


ひやりとした指先が、ルーシィの頬へ、触れた――瞬間に。


「や……っ!」

耐え切れず、目を瞑って。
とっさに動かしたルーシィの手が、グレイのそれと当たった。

 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ