第一弾<book>
□リナリア【ナギハラミズキ様】
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グレイの周りには、結構、女性が居る――
――たとえば、ミラさん。
一人で仕事に行ってたグレイが、ギルドに戻って来て。
「ただいま」の声に笑顔で「おかえり」を言うのは、ミラさんで。
今日もミラさんは優しくてキレーだなぁ、なんて思いながら、なんとなく定位置になってしまってる席に腰掛けて。
カウンターに伏せた、あたしの耳に聞こえてくる、声。
(……笑ってる)
ミラさんの労う声と、それに答えてる、グレイの声が。
なんだか楽しそうで。
(グレイ、ミラさんに優しいよね……)
妖精の尻尾の看板娘で、いつも笑顔に癒されて。
きっと、みんなから好かれてる。
『みんな』に好かれたい、わけじゃないけど。
ただ一人に好きになってもらえたら、それでいい、けど。
それでも、……ちょっとだけ羨ましい。
カウンターに伏せたまま、溜息を吐いた、あたしの頭に。
ぽふ、と不意に手が乗ってきた。
……誰の手か、なんてことは。
もう確認しなくてもわかってしまう。
「あ、……おかえり、グレイ」
「おう」
いま気付いた、みたいな素振りで身体を起こして、笑えば。
グレイからも見慣れた笑みが返った。
――たとえば、カナ。
「グレイ、あんた今日は大事なものを失くすって出てるよ」
「あァ? なんだそりゃ」
カウンターに寄りかかってグラスに口を付けてたグレイへと、カナが指に挟んだカードを振る。
普段はあんまり、気にしてないけど。
気軽にしゃべってるグレイを見ると、少しだけ、淋しい。
二人は子供の頃から知ってる、仲間で。
あたしは、今のみんなしか知らない。
「……グレイの大事なものって、なに?」
横から、立ってるグレイを見上げて、訊いたあたしに。
こっちへ向いた黒い瞳が、一瞬だけ、あたしの視線と絡んで。
すぐに眉根を寄せて前へ向き直り、さぁな、と一言だけ返すグレイ。
興味がないのか、……それとも、
(あたしには、言いたくない、のか、な)
淋しいなんて思ってることが、誰かに知られてしまわないように。
「まぁせいぜい気をつけたらー?」なんて、明るい声を出して。
あたしは膝の上に置いてた手だけを、小さく、きゅっと握った。
――たとえば、エルザ。
「どうでもいいが、とりあえず服を着ろ、おまえは」
「うぉ!?」
ギルドの奥に行ってたエルザが、いつのまにか戻って来てて。
びしりと鋭い声を向けられて、焦った様子でグレイが寄りかかってたカウンターから腰を離した。
(……帰ってきたときは、ちゃんと着てたのにね)
タイミングがいいのか悪いのか。
思わず、あたしは苦笑して。
大人しくエルザの言葉に従って、脱ぎ捨ててた服を拾いに行くグレイを、目だけで追って。
同じチームで行動することもある、あたしたち。
エルザも子供の頃から、グレイの近くに居て。
強くて、美人で、……だけど弱い部分も、グレイは知ってて。
そういう弱みを、きっとグレイは放っておけない、人で。
エルザみたいになりたい、なんて、言わないけれど。
グレイの優しさが全部、あたしに向いたらって。
そんなの欲張りすぎだって、自分で笑うしかなかった。
――たとえば、……ジュビア。
気が付けば、カウンターから離れたグレイの横には、ジュビアの姿があって。
今日も嬉しそうに話しかけてる彼女は、可愛くて。
二人なら、魔法の相性だって、抜群に良くて。
あれだけ真っ直ぐ、見つめられていれば。
いつか、グレイのほうも、って。
そう思う、度に。
ずきりと痛む、自分の心を隠すだけで精一杯になる。
あたしだって、グレイの近くには居る、けれど。
同じギルドの仲間の一人で。
同じチームの仲間の一人で。
それから、……
……それ、だけ。
貴方にいちばん近いのは、誰?
あたしだけ見て欲しい――なんて、言えるはずもなくて。
――ねえ、気付いて、グレイ。
貴方が、好き――