第一弾<book>

□月下美人【ナギハラミズキ様】
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ちょっと遅くなったかと思いながら、ギルドを出て。
家へと向かう、帰り道。

ふと何かに引かれるように、視線を上げた、その先に。
満たされるまでに少しだけ欠けた、月が、見えて。

「――――……」

前に出しかけていた足を、止める。
そのままグレイは、自分の家に向かうのとは別の道へと足を向けた。


すっかり憶えてしまった、ルーシィの家への道のりを、歩いて。
そうして見慣れた建物の前で立ち止まる。

いつもなら、来たら勝手に中へ上がり込む、ところだけれど。

足を止めたまま、グレイは灯りの洩れている彼女の部屋の窓を、見上げた。

風呂に入ってるか、小説の続きを書いてるか。
彼女が今、何をしてるかは見えないけれど。

「……ルーシィ」

川の水面に映る、月を背にして。
見上げた窓の向こうに居る、彼女の名前を呟いた。

その声は、とても届くものじゃないはずで。
――気付くわけないか、と思った刹那。

ふわりと窓の端に揺れたのは、金の髪。

「え……、グレイ!?」

驚いた声を上げつつ顔を覗かせたルーシィに、グレイも一瞬、目を瞠って。
すぐに表情を苦笑へ変えて、よう、と答えた。

「な、なんでそんなとこに居るのよ?」

「ん、……あ――……」

問われてグレイが言いよどむと、ルーシィが不思議そうに首を傾げる。
そんな仕草も可愛い、――なんてことを考えてしまいながら、短く息を吐いて。


なんだか、月を見たら、君に。


「……会いたく、なっ、た」


口元を片手で覆いながら、目を逸らしてグレイが言えば。

「っ、……」

ルーシィの顔が、赤らんだ。


「な、んっ、……ぎ、ギルドで会った、じゃない……っ」

「……あー、まぁ、……そう、だけど、よ……」


今日が終わる、その前に。

もう一度だけ。


君に会いたかったんだ。



かたん、と小さく音がして。
グレイが視線を戻せば、窓にあったルーシィの姿は、消えていて。

(……まぁ、しゃーねえ、か)

元から、一度だけ顔が見えたら帰るつもりだったのだし。
口の端にだけ笑みを浮かべて、ルーシィの家の前から立ち去るべく、足を一歩退いた、とき。


ばたばたと、玄関の扉の向こうで、慌しい足音が聞こえて。
扉のすぐ近くで止んだその音から、少しだけ、心を落ち着かせているかのような間の後に。

そっと、扉が開いた。

まだ顔が赤いまま、体半分を扉から覗かせたのはルーシィで。
一瞬グレイと絡んだ視線を、恥ずかしそうに下へ外して。

「……、あ、上がる、なら……、お茶くらい、出す、けど」

小さな声で、そう言った。


「いいのかよ?」
「そん、なの……、いつもは勝手に入って来る、くせに」
「まぁな」

言葉を交わしながら、グレイが玄関の扉に手をかけても。
それでも逃げずに、ルーシィはそこに居て。


ただ一度、顔が見えたらそれでいい、だけのつもりだったのに。


「――なんかすげェキスしたいんだけど、今したら怒る?」

扉に手をかけたまま、耳元へ口を寄せてやれば。

「っ、ば、……ばかっ」

頬の赤みを増して、今度は、するりとルーシィが逃げていく。

予想通りの反応に、くつくつと小さく笑いを零しながら、扉を閉めて。
自分の部屋まで戻る彼女の後を、グレイも追った。





月下美人

―― ただ一度だけ会いたくて



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