百倉
□デジャヴ
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そっと、肩に手を置く。
腕に力を込めて、引き寄せる。
驚いた様に顔を上げて、その顔目掛けてキスをする。
唐突過ぎて呆気に取られている顔が可笑しくて、思わず噴き出す。
当然の様に怒る彼女は、本当に愛しくて、可愛くて。
思わずもう一度、唇を奪ってやった。
「…と、まあ、こんな状況に遭遇した訳なんだが。」
「ほお。」
というか、いつから詩人になったんだ?と問うグレイに、エルフマンはしょっぱい涙を滲ませながら言った。
「漢は何時でも、心に熱い言葉を秘めているもんだろ!?」
「そうかあ?」
カップの中身を飲み干して、グレイが呆れ気味に溜息を吐いた。
昼間のギルドは今日も盛況で、魔道士たちが酒を酌み交わしている。その一角にあるテーブル席に、グレイとエルフマンは座っている。別に仕事が無い訳ではない。今日の仕事仲間を待っているのだが、その仕事仲間がなかなか来ないのだ。おかげで、話の内容はどこまでも進んでいく。
「大体、そんなん向こうが勝手にやってんだから、無視すりゃあいいじゃねぇか。」
「できねーよ!なんか見ちまうだろ?そういうの!気になるんだよ!」
「そうかよ…。」
興味なさげな様子で頬杖をつくグレイ。その隣で、拳を握りしめているエルフマンは、一人でなんだかんだと愚痴を零していた。それに適当に相槌を打つグレイは、なかなかこない仕事仲間を恨んだ。
それから20分ほど、エルフマンの愚痴は続いた。もう待ち人など放っておいて行ってしまおうかと、グレイが席を立とうとしたその時。
「遅くなってごめん!」
「おっ、ルーシィ!やーっときたか!」
「ごめんねエルフマンっ。グレイもー。」
息を荒げてやってきたのはルーシィである。相当急いできたらしく、髪はボサついて、じゃっかん衣服も乱れ、頬や胸元にはパン屑まで着いている。エルフマンはあまり気にしなかったが、黙って座っていたグレイが突然立ち上がった。
「ったく、それでも“元”お嬢様かよ。」
言いながらルーシィの口元を指で拭い、それを自分の口へと運ぶ。更にルーシィの胸元に掛かっている屑を、何のためらいもなく払い落し、序でに衣服の乱れも整える。呆気に取られているエルフマンを他所に、ルーシィはルーシィで、さも当たり前、と言う様な態度でグレイのするがままに身を任せている。
「これから仕事なんだ。身だしなみにはもっと気イ使えよ。」
「ごめん…グレイが怒ってると思って…それに、食べながら走ってきたから…。」
「…別に怒ってねーよ。良い訳すんな。」
「でも、グレイの顔怖かったし…。」
しゅんとした顔で俯くルーシィ。グレイは少し表情を和らげ、その肩に手を置いた。はっとしたように上を向くルーシィを、グレイは愛しげに見つめ返す。
「確かに、怖い顔になってたかもしんねぇな。時間に遅れたし、仕事にも影響出るし。」
「…ごめんなさい。」
「…そんな落ち込むなよ。次はちゃんとやればいいんだ。だから…。」
肩に置いていた手を、ルーシィの口元へと持っていく。彷徨う指先がある一点を向き、その場所へ触れる。
「お詫びにお前からキスな」
その瞬間に、ルーシィの頬が赤く染まる。少し視線を彷徨わせて、縋る様にグレイを見上げるが、グレイは同情などしていないようだ。ルーシィの唇に指を滑らせながら、
「できなきゃ、今日は疲れてたって寝かさねぇから。」
と言い放ち、ギルドの出入り口の方へと歩きだした。何か言いたげに口を開けて、グレイの後を追うルーシィに、エルフマンは呆気に取られてしまい、その場から動けなくなる。いろいろと問題事はあったが、中でも、
「(あいつら、そういう関係だったのか!?)」
と言う事が、エルフマンの頭を駆け巡った。
それからたっぷり3分間、エルフマンはその場に立ち尽くしていた。それに気付いてグレイが呼ぶまで、こんなに身近なところにバカップルが居た事に、エルフマンは頭を痛めるのであった。
END
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