百倉

□痴話喧嘩は犬でも食えない
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 ここはマグノリアのギルド、フェアリーテイル。いつも喧嘩の絶えない賑やかなギルドだが、今日は妙に静まりかえっていた――というのも。

「………。」
「………。」
「…おい、何か喋れよ。」
「お前こそ…。」

ひそひそと、肩をすくめながら喋る魔道士二人。そこへ、只ならない威圧感を放ちながら、凛とした声と、柔和にして鋭い声が飛ぶ。

「お前たち、口を慎め。」
「ちょっと静かにしててね。」
「は、はい…。」

酒場のカウンターにて、一方はニコニコと、一方はキリキリとした表情を浮かべて、どちらにしてもじっと酒場の方を向いて睨みを利かせている。そしてその真ん中に、そんな状況を作り出している“お嬢様”が座っている。機嫌が悪い様子でも無く、かと言って喜んでいる様子でも無い。宙を見上げてぼーっとしている。
そんなお嬢様の前に、いい香りのするお茶が運ばれる。

「ルーシィ、お茶でもいかが?」
「…いただきます。」

差し出されたお茶のカップを手にかけ、少量を口に含む。クセの無い上品な口当たり。鼻腔を満たす香り。それら全てに満足して息を吐くものの、彼女の表情は全く晴れないままである。
 酒場のテーブルに居合わせる魔道士達は、頭を寄せ合ってひそひそと言葉を交わす。

「なんで、あんなことになってんだ?」
「実はな…喧嘩してるんだとよ。」
「誰が。」
「決まってんだろ?グレイとルーシィが、だよ。」
「へぇ〜…って、はぁ!?」
「しっ、声がでけぇっ。」
「悪い…つか、なんであの二人が喧嘩…一番なさそうじゃねぇ?」
「だよなぁ。付き合いだしてから一度も、喧嘩してるとこ見たことねーし。」
「すごく仲良いよねぇ。」
「で、それとこの状況の、一体どの辺が噛み合ってこうなってるんだ?」
「それがな…。」

今日も今日とて、ルーシィはカウンター席でミラジェーンに愚痴を零している様子だった。そこまでは何時もの光景だったが、ここへエルザがやって来て、それから何やらおかしな方向へと流れてしまったのだという。

「男は許せないだの、これだからグレイはだの、段々そういう単語が飛び交ったかと思うと…。」
「思うと?」
「思うと…。」

語り手の男はブルブルと震えだし、大量の汗をかいて、何かに怯え隠れる様に頭を抱え込んだ。それを見たテーブルの魔道士達は、皆生唾を飲み込んでお互いに顔を見合わせる。客観的に見れば、まるでそのテーブルだけ、何かのドラマのような雰囲気が漂っている。
 話す事が出来なくなってしまった魔道士の替わりに、今度は別の魔道士が割入って言葉を繋げる。

「ここからは俺が話そう。とにかく、ルーシィの愚痴の内容は“グレイと喧嘩した”ってことだった。それを聞いていたミラジェーンとエルザが、その話を聞いてヒートアップしてきた…ここまではいいな?」

テーブルの魔道士達は頷き、新しい語り手の魔道士は話しを再開した。

「よし…それで、ヒートアップしてきたミラジェーンとエルザだが…何やら、男は全員“敵”だ、みたいな流れになったんだな。そこからなんか結論が出たみたいでさ。聞いた限りでまとめると“男は黙って寡黙に、それでいて大義を持ち、いつ何時も大志を抱いてビールを飲め”みたいな。」
「………。」
「なんだそれ…。」
「あの二人らしいといえば、らしいが…。」
「つか、そこまで二人のボルテージをあげたグレイの所業とか、ルーシィがどんなふうに話したのとかの方が気になるぞ…。」
「まあ、大まかな所はそんなもんだ。仕事に出る奴は、黙って会釈しながら、静かにギルドを出た方が良い。背中には気をつけろ。眉間にストイックな皺を寄せとくのを忘れるな。」
「なんつーか、想像するとかなり渋い絵だな…。」
「西部劇を思い出したぞ…。」
「ていうか“ストイックな皺”ってなんだよ…。」

語り手の魔道士は話し終えると、仕事へ出て行った。勿論、先程の持論を決行しながら。それはあながち間違ってはいなかったのか、ミラジェーンもエルザも軽く会釈を返していた。どうやら早くもルールが適応されているということを目の当たりにして、魔道士たちはガックリと肩を落とした。愕然とした、というよりは、殆ど呆れに近い状態だった。しかしながら、事の経緯を知っても状況が変わる訳ではなく、それからは寡黙に時が過ぎて行った。そのうちに、魔道士たちの表情にも変化が現れた。いつも緩い表情は引き締まり、本物の西部劇に出てくる酒場のシーンのようであった。
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