なる

□if you...
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断続的に傘を打つ、軽い音。
道端では紫陽花が雨に揺れている。
ルーシィはそっと、少し離れて右隣に並ぶ肩を見上げた。

「………」

その視線に気付いたグレイが視線を返すが、目があった途端にルーシィは傘で顔を隠し、しばらくしてグレイも軽く溜め息をつきながら前を向いた。
互いに沈黙したまま、歩き続ける。
気まずい。

「……何で、ついてくんのよ」
「…今日はこっちに用があんだよ」
「………そうなんだ」
「…おう」

二人の間に横たわる見えないもやを消したくて口を開いたは良いが、会話を続ける事もかなわず、結局はすぐまた口を閉じる事となった。
何で、黙ってんのよ。
そう突っかかりたい衝動を抑え、ルーシィは軽く吐息を洩らす。


『ルーシィはさー、グレイの事どう思ってんのー?』
『え?グレイ?』
『そうグレイ!』
『どうって、別に…仲間っていうか、クラスメイト、よね?』
『えーただのー?』
『つまんなーい』
『な、何なのよ?』
『グレイはさー』
『?』
『ルーシィに気がある?』
『気がある!』
『て、言ってるの聞こえちゃったんだよねー』
『だよねー』
『……っ!?』

今日の昼間におかしな事を吹き込まれたせいで、無駄に意識してしまっている。彼は気の合う仲間であるし、どうせ冗談でからかわれただけだ、そうわかってはいるが、動揺を抑えきれない自分もいる。
もしもグレイがあたしに気があると言って、あたしはどうするの?
あたしは…

「そういやぁさっき」
「へっ!? …あ、何?」

自分の考えに没頭している余り、唐突に投げ掛けられた言葉にルーシィは声を裏返らせ過剰に反応してしまう。
グレイは不思議そうに彼女を見たが、言葉を続けた。

「…さっきお前、隣のクラスのヤツに告白されてたろ」
「……っ、見てたの!?」
「……たまたま近く通ったら声が聞こえてきただけだ」

予期せぬ言葉にルーシィが勢い良く身体ごとグレイに向き直ると、故意ではないと主張したげにグレイは顔をしかめ、不機嫌そうにそっぽを向いた。
そして軽く息を洩らし、ちらりとルーシィに視線を戻す。

「で…何でフッたんだ?悪いヤツでもねぇじゃねぇか」
「……そ、それは………」

軽く唇を尖らせながら、今度はルーシィがグレイから視線を逸らした。

「…す、好きじゃないし、あたしのよく知らない人だったし…だから、とっさに……」

そう、告白されて嬉しかったし、相手のルックスも悪くなかった(動揺し過ぎて余り覚えてはいないが)。だけど…付き合うのは、違う気がした。
だから、気付けば断っていた。
グレイは目を伏せるルーシィの横顔を見て暫し目をしばたかせたが、にやりと笑う。

「……何だお前、普段から何で自分がモテねぇんだとか騒いでる割りには純情だな」

グレイが楽しそうに笑いながらルーシィの顔を覗き込み、思わず赤面するルーシィ。

「なっ、何よっ!」
「つーかお前理想高そうだもんなー」
「ぐっグレイだってずっと彼女いないくせにー!」
「ばっ、お前、俺が本気出せば彼女の一人や二人…!」

形勢逆転、むきになって言い返すグレイにルーシィは笑んだ。

「あぁはいそうですかー、じゃあ本気出せ、ばー…?」

だがしかし急に語調を弱めて言葉を切ったルーシィに、グレイが怪訝そうな顔を向ける。
ルーシィの表情から笑みが薄れる。
否、売り言葉に買い言葉となってしまったが、端整な顔立ちとスタイルも良く、クールに見せかけて熱く優しい性格(変態である事に目を瞑ればだが)、ルーシィはグレイが多数の女子から人気がある事を知っている。
グレイは持ち前の鈍感さと純情さで特定の誰かと特別深い仲になる事はなかったが、ここ数ヶ月、転校生のジュビアが彼に猛攻を仕掛けていて、二人が楽しそうに話しているのをよく見かけるようになっていた。
気付けばグレイの隣にはジュビア。実際、他のクラスの女子から、二人は付き合っているのかと尋ねられる事もよくある。
グレイは彼女の気持ちに気付いているのかいないのか。気持ちを空回りさせ続けるジュビアが何故かよくルーシィを恋敵と定めて噛みついてくる事も珍しくなかった。

そう、彼の気持ち次第で、状況は幾らでも変わる。
そして彼がもし、ジュビアを好いているのなら。

「……じゃあ本気、出してやんよ」
「…………うん」

流れが途絶え、グレイが前を向きながら独りごちるように告げた言葉に、ルーシィは傘で顔を隠し、小さく頷く事しか出来なかった。
気にならなくなっていた雨音が再び、大きく耳を打つ。

“グレイはルーシィに気がある…”

そんな訳ない。グレイとあたしはただの仲間で、それにグレイがあたしを好きなら、もっと特別に優しくしてくれる筈。
だけどそんな訳ないと言い聞かせながらもその実、ちょっと嬉しかったりもした。
よく知らない男の子から告白された時に、脳裏にグレイの姿が浮かんだりもした。さっきだって昇降口で隣に立たれた時、一緒の傘に入れと言われたりするんじゃないかと思ったりした。
期待した。

そう、本当は、グレイがあたしに気があるのなら、嬉しい―…


「…ぃ、おい、ルーシィ…っ!!」

「……え?あ…きゃ…っ!」

意識が内に向きすぎていたようだ。ずるり、と言う音と共に視界が揺らぐ。
足を滑らせたのだと一瞬遅れて気付くも、思考に身体が追い付かない。
幾つもの段が視界の下に広がっている。側に手摺りなど、ない。


(落ちる…!)

「ルーシィっ!!」


赤く鮮やかな傘が、落ちて行く。
街で見かけて、一目惚れで買った傘。
縁に白いレースがあしらわれていて、皆が誉めてくれて、お気に入りだった。
ずっと遠くに落ちて行く。

「………大丈夫か?」

耳元で声がする。

「……うん、あ、りがと」

自分の声が僅かに震えているのを自覚するルーシィ。
数瞬前の恐怖が身体に残っている。
あたしは落ちていない。
背後からグレイが片腕で抱き締める形で、ルーシィを支えていた。

「ったく、気つけろ」

溜め息と共に吐き出されたグレイの言葉に安堵の響きが混じっていて、ルーシィは涙が溢れ落ちそうになる。

「………ありがと」

自分を支えるグレイの腕にそっと手を重ね、ルーシィが俯く。

「……おう」

膝が震えているのを抑えようとするが、上手くいかない。
早く、離れないと。
誰かに見られたら厄介なだけだ、こんな姿勢。
グレイだって迷惑だし、あたしだって。
震えたままのルーシィに、グレイが目を細めた。そうしてルーシィを支える腕に力が込められる。彼女が落ちないように。離れないように。

「…………無理して立たなくて構わねぇから、とりあえず、ここから離れるぞ」

グレイの優しい声音が投げ掛けられる。ルーシィはそっと唇を噛み締めた。
そう、優しい。いつだって。
誤解しちゃだめ。あたしだけに向けられる優しさじゃない。
でも。

「……あたし…っ!」

それでも。

「おわっ!?」

勢い付けて、ルーシィが振り向きざまにグレイの胸に寄りかかった。咄嗟の事にグレイが数歩退り、ルーシィを支えていない方の手に持っていた傘を取り落す。

「……グレイ…」

雨音が耳を打つ。
足が水溜まりを踏み、軽い水音が響く。

「………ルーシィ?」

グレイの目を真っ直ぐに見ながら、震える声で必死に言葉を紡ぎ出す。
この震えは、先刻の恐怖の名残?
それとも。

「……グレイなら、いいよ」

雨が髪を、肩を、頬を打つ。
何を、と問おうとしたグレイが、目の前で閉じられるルーシィの瞳に息を呑んだ。

「………」

数秒。
数分。
どれ程の時間が流れたのか。
ルーシィは、側にあった温もりが離れていくのを感じた。

「……ぐ、れ…い…」

慌てて目を開けると、背を曲げ傘を拾うグレイがみえた。
……振られた。
その考えに至るのにそう時間はかからなかった。涙で視界が滲む。頬を伝う雨の雫に熱がこもる。

「……あ、あたし…」
「こっち来い」
「…え?」

僅かに力のこもったグレイの腕に手を引かれ、ルーシィは訳もわからないままに後をついていく。
そうして脇道に入り、木の陰に立たされる。

「グレイ…?」
「しっ、喋るな」

羞恥の余り早く逃げ出したいのだが、事情を理解出来ないままに、何故こんな所に立っているのだろうかと悩む。グレイは傘を閉じ、さっきまで二人が立っていた場所を窺っている。何かから隠れている?
そして間もなくルーシィは、第三者の声が聞こえる事に気付いた。賑やかな笑い声が近付いてくる。そして少し遅れて、先程の状況を見られなかった事に胸を撫で下ろした。
普段は人通りが少ないとは言え、あんな場所で…しかも振られて。
更なる羞恥にルーシィが顔を赤らめる。

「……行ったか」

グレイが警戒を解き、息を洩らした。

「あの…手……」
「…さっきの」
「え?」

俯きながらルーシィが繋がれたままの手の解放を請おうとすると、グレイがルーシィの正面に立った。

「さっきの、本気か?」
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