ゆきじ

危険信号
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魔法を使って悪事を働く盗賊団を捕縛して欲しいとの依頼の最中。
倒れていた敵の影がゆらりと動き出し、別の敵を拘束していた彼女の背に迫るのを目にして。
危ないと口に出す前にはもう、その体を引き寄せていた。











「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「あのな、それ何回聞くつもりなんだよ」

ギルドの一角、カウンターから離れたテーブル席。
先程から繰り返される同じ問い掛けに大丈夫だと、これまた何度目か分からない答えを返す。
だって、と言い募る彼女とのやりとりもさっきからこの繰り返しだ。

「ルーシィが悪いんじゃねえんだから、気にするなって」
「気にするわよ、あたしの不注意でグレイに怪我させちゃったんだし…」

申し訳なさそうにルーシィの視線が包帯の巻かれたグレイの右腕を見やる。
あのとき、ルーシィに向かっていた攻撃は彼女を庇ったグレイの腕に直撃した。
即座に反撃に出たグレイにその敵は完全に伸されたのだが。

「大袈裟なんだよ。舐めときゃ治んだろ、こんな怪我」
「治らないわよっ」

咄嗟に突っ込んだ後、ヒビ入ってるんだから、とルーシィの声のトーンが落ちる。
魔法を使うより早く両腕でルーシィを抱え込んだ結果、防御が間に合わずそのまま攻撃を受け止めた腕はみるみる内に青く腫れ上がった。
その腕を見たルーシィは同じくらい顔色を真っ青に染め、放って置いても良いと言うグレイを引き摺って病院へ連れて行けば、骨折までには達していないものの手首の骨に小さなヒビが出来ているとの診断を受けた。

「ほんと…ごめんね、グレイ」
「謝るなって。それに怪我は俺のミスだしな」

あの瞬間、冷静に対処していれば魔法で防御が出来ていた。
けれど攻撃も防御も考える余裕なんてなく、ルーシィを守りたいと。
ただそれだけがグレイの思考を埋め尽くしていた。
もちろんルーシィの無事を確認した後、彼女を狙った輩にはそれ相応の返礼をしたのだが。
それでも病院に寄った時やギルドへ着くまでの間、そして今もずっと浮かない顔をしているルーシィに、自分もまだまだだなと苦い笑みを唇の端に乗せる。

「で、でもあたしが気を付けてなかったから、」

膝の上で両手をぎゅう、と握って俯いてしまったルーシィにどうしたものかと無傷な左腕でテーブルに肘をついて顎を乗せる。
ルーシィを助けた事を後悔する気は更々ないし、むしろ何時だって守ってやりたい。
この怪我だって彼女を守るために負ったものなら誇らしくさえあるのだ。

「俺は、」

ルーシィが無事ならそれで良いと言おうとしたグレイに、先回りするようルーシィが言葉を被せる。

「グレイが怪我するのは、あたしが嫌なの」

強い口調で迷うことなくきっぱりと言い切られたそれに、ずる、とテーブルに付いた肘が崩れ落ちた。
体制を立て直すふりをして、熱を持ち始めた頬に気付かれないよう左手で口元を覆う。

「だから何か、あたしがグレイに出来ることないかなって、思って…」

それでギルドに帰ってきてからも何をするでもなくずっと隣に居たのか、と納得する。
律儀というか、なんというか。
髪の隙間から覗く耳がじわじわと赤く染まっていくのを目にして。

「…じゃあ、」

気恥ずかしくなるような空気が二人の間に流れ始め、先に根を上げたグレイが口を開く。

「お詫びにお前からキスな」
「え、な、き…!?」

ば、と驚いて顔を上げたルーシィに内心でほっとする。
冗談半分照れ隠し半分に言った台詞だけれど、場の空気を変えるには効果的だったようで。
このまま何時もの調子に戻ってくれれば良いと考えた矢先。
唇を引き結んで覚悟を決めた瞳がグレイを捉えたかと思えば、視界一杯にルーシィが広がった。

「…これで、良い?」

ほんの一瞬、小さくリップノイズを立てて離れた唇。
そろり、と窺うように見上げてくるルーシィの頬も耳も、これ以上ないってくらいに真っ赤だ。

「…、ルーシィ」
「うん?」

ここ、ギルドだって分かってるか?
口にしそうになった言葉を飲み込む。
一応ここはギルドで、人目があり過ぎるくらいある訳で。
寧ろ既に何人かはニヤついた笑みを浮かべてちらちらと視線を寄越している状況で。
普段なら恥ずかしがって人前で触れてくるなんて殆どないルーシィは、今日に限っては怪我の方にばかり意識が向いているらしく。
多分というか確実に、周囲の視線に気が付いていない。
今それを教えたらと揶揄ってしまいたくなる反面で、他が目に入らないくらいグレイの事だけで頭が一杯になっているルーシィ、に場違いな欲が満たされて。
教えてしまうのはまだ惜しいとそんなルーシィ本人が聞いたらそれこそ手、しかも平手ではなく拳が飛んできそうな事を考えていれば。
くん、と珍しく着ていたままだった服の裾が引っ張られる。
誰が、なんて確認しなくとも隣には1人しか居ない。

「どうした?」
「その…駄目だった?」

キス、と俺にしか聞こえないような声で、不安気に眉を下げたルーシィの頭にぽすんと左手を乗せて。

「いや、…ありがとな」

くしゃくしゃと柔らかな髪を掻き混ぜてやれば、漸く安心したのかふわりとルーシィが微笑う。

「良かった、」

間近で浮かんだその笑みにどくんと血液が沸騰する音がして、熱が理性を溶かしながら体中を駆け巡る。
目の前の細い肩に無性に触れたくて仕方なくなって。
本能に抗うことなくルーシィへ伸ばしかけた手が、彼女に届く前にズキリと痛みを走らせた。

「……、…」

大袈裟に巻かれた右腕の包帯を見やって眉を顰める。
こんな怪我、多少無茶をすればどうとでもなるけれど、そんな事をすれば完治が遅れるのは明白で。
そうなればルーシィはまた、自分のせいだと浮かない顔をするのか。

「…仕方ない、よな」

余計な心配を掛けてしまうのは本意でなく。
渋々諦めて不自然に空中で止まったままの腕をそっと下ろした。

「グレイ?」
「あー、何でもねえよ」

きょと、と無防備に覗きこんでくる瞳に、もしかしなくとも怪我が治るまでおあずけ状態なのかと。
直面した厄介な問題に頭を抱えたくなり。

「…明日になったら治ってねえかな」

酷く切実な願いを口にしたグレイは、小さく溜め息を吐いた。


危険信号
きみいろ
「グレイ、今日あたしの家に泊まるでしょ?」
「は…!?」
「その腕じゃご飯とか、あと着替えも困るものね」
「いや、それは、そうだけど…」
「大丈夫、怪我治るまであたしがグレイを看るから!」
「………おう」




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