ゆきじ

ありふれた御伽噺
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日付が変わる午前0時、ゴーンゴーンと鐘の音が響く。
その音に急かされて1人の少女が走る。
純白の美しいドレスを身に纏い、金の髪を靡かせてひた走る少女の足元で硝子で作られた靴が周りの風景を写し込んでいた。
そこは、長い廊下だった。
一見して高価だと分かる調度品がいくつも置かれ、床には柔らかな赤い絨毯が敷いてある。
どこを取っても豪奢なここは、この国の王家が住まう城だ。
普段は上流階級の身分の者しか立ち入る事が許されない城は、今日だけはとある名目で国中の女性が集められ盛大な舞踏会が開かれていた。
そんな中、少女は走る。

「…シィ、ルーシィ!」
「っ…、」

後ろから叫ぶように呼ばれた名に、思わず立ち止まってしまいそうになる。
ぐ、と何かを堪えるように唇を噛んだ少女はその声を振り切るように頭を振って走った。

「待てって…!」

その後ろを追い掛けて走るのは少女と同じくらいの、まだ年若い男。
髪と同じ色をした黒曜の瞳は前を走る少女だけを追う。
きちりと着込んだ服が彼の足を鈍らせているのか、段々と少女との距離が開いていった。

「あと、もう少しだから…、」

1つまた1つと小さくなっていく鐘の音にぽつり、祈るような声で少女が呟く。
荘厳なその音が少女の耳には酷く重い音に聞こえていた。
廊下を進み切ると現れた広間を突っ切って、カツンカツンとヒールを大きく響かせ階段を駆け降りる。
ドレスのスカートが足に纏わり付き、転んでしまいそうになりながら、あと少しで地上だというとき。

「あっ」

片足のひやりとした感触に後ろを振り仰げば数段先に片割れの硝子の靴。
よろけた隙に脱げてしまったそれを取りに戻ろうとして階段の一番上、現れた人影にぎくりと体が強張った。

「…グレイ」
「行くな、ルーシィ」

静かな、けれどどこまでも届きそうな声。
少女を見下ろす男と彼を見上げる少女、それぞれの黒曜と琥珀、2つの色を帯びた瞳の視線が絡む。
何かを言いたげに少女の唇が震え、一拍の後くしゃりとその顔が泣き出してしまいそうに歪んだ。

「ごめん、なさいっ」
「待…っ」

踵を返して真夜中の闇に消えていく少女を追って男も階段を下り始める。
その途中、空に浮かぶ月に照され光る何かが目に入った。

「靴…?ルーシィものか」

少女の姿は夜の闇に吸い込まれ既に影さえ見えない。
城の中なら兎も角外に出られてはもう、追い付けはしないだろう。
拾い上げた硝子の靴と、少女が去っていった方向とを見比べる。

「…諦めてなんかやらねぇよ」

壊れないよう靴を握って。
口にした言葉を誓いに、男はゆるりともときた道を引き返して行った。



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