百倉

□夢物語
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 「よぉ。今日は随分と遅かったな…どうしたんだ?」

暗い表情をしているルーシィに、グレイが首を傾げる。ルーシィは俯いたまま無言で居たが、突然に顔を上げて、グレイに駆け寄り、抱きついた。そして、席を切った様に嗚咽を漏らして、大粒の涙を零して泣き始める。最初は驚いていたグレイだったが、やがてその肩を抱いてやった。それが引き金になったのか、ルーシィは大声を上げて、しばらく泣き続けていた。
 ルーシィがようやく落ち着いた頃、グレイはさりげなくルーシィに聞いた。

「何があったんだ?」
「…お父様が、縁談を持ってきたの。」
「縁談?んだそりゃ。」
「結婚する相手との、顔合わせみたいなものかな。縁談なんて上手く言うけれど、ただの口実なの。だから、お父様が縁談を持ってきたって言う事は、結婚する日が近いという事なの。」
「…へぇ。」

言い終えると、ルーシィはきつく目を閉じて、何かを堪える様に頭を振った。

「昔からそう。お父様はあたしの言う事なんか、ちっとも聞いてくれない。いつも勝手に決めちゃって、あたしの事なんかどうでも良いんだ。あたしの気持ちなんて、どうでもいいんだ。」

また涙を浮かべて泣きだすルーシィ。グレイは少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。

「…ルーシィは、結婚は嫌なのか?」
「いや…!」
「どうして、そう思うんだ?」
「…どうして、って?」
「だって、お前は一国の姫だろう?こうなる事は覚悟の上だったはずだ。それなのに、どうして今更、嫌なんて言うんだ?」

グレイの言葉を受けて、ルーシィはしばし考える。そう言えば今までは、そんなこと気にも留めていなかった。ただ、時が来れば誰かと一緒になって、としか思っていなかった。どうして嫌なのだろう。何故、こんなにも胸が苦しいのだろう。
 もし誰かと一緒になってしまったら、もう、彼とは居られないだろう。夢の世界で会おうとも、思わなくなってしまうかもしれない――そう、彼の事を考える時間など、無くなってしまうだろう。

「グレイと、ここで逢えなくなっちゃうから…。」
「…俺と…?」
「だって、結婚するってことは、別の場所へ行くってことだもの。そうなったら、きっと夢を見ている暇さえ無くなるわ。グレイとも、きっと逢えなくなる。そのうちに忘れる様になって、顔だって、声だって、いつか分からなくなっちゃうよ。夢の中でのことは、いつだって半分も覚えていられないのに。」
「………。」
「ただでさえ、そんななのに、夢の中でも、逢えなくなったら…忘れちゃうよ。こうして夢の中でお話したことも、全部無くなっちゃう。新しい人と、新しい場所で、新しい生活を始めなきゃいけないから、夢の事を覚えていることなんて、きっと…。あたし嫌よ、そんなの。グレイのことを忘れちゃうなんて…。」

言っていて辛くなってきたのか、ルーシィはまた涙を零す。さめざめと涙を零すルーシィに、グレイは黙ったまま俯いている。

「…だけど、これも仕方のないことなんだよね。あなたはこの世界の住人で、あたしの住む世界の住人じゃないもの。もし一緒の世界に行けたとしても、きっと、一緒には居られないだろうし。」
「………。」
「ごめんなさい、こんな話…詰まらない事だわ。楽しい話をしたいよね。…そうだ、そう言えば今日、夜が待ち遠しくて、つい居眠りしちゃったの。その時に、昔、お父様とお母様と一緒に出かけた知らない街で、はぐれて迷子になった時の夢を見てね…。」

同い年くらいの子が励ましてくれたことが嬉しくて、けれどその子は察するに孤児で、それでも強く生きていて、それで少し意地っ張りで――僅かな時間に見た夢だが、ルーシィの言葉は尽きなかった。きっと、その“誰か”に恋をしていたのかもしれない、ということも全て、胸に隠していた感情を吐露するように、話して聞かせた。
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