百倉

□夢物語
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 見知らぬ街中に居る。けれど、随分と前に来た事のあるように、所々に見覚えのある風景が続いている。けれど、何処へ行っても知らない人ばかりが行き来していく。段々、孤独感が大きく膨れて行く。
 ショーウィンドウに映った自分の姿を見つける。そこには、随分と幼い姿が映っている。まだ母親が生きていた頃かもしれない。
 途端に童心に帰っていく。何でも無かった風景が、突然に物哀しく思えて、心細くなっていく。

 寂しい。怖い。誰か居ないの?

 耐えきれなくなって走り出す。辺りをきょろきょろと見回すものの、見知った人は何処にも居ない。
 足がもつれて、顔面から地面へと倒れる。衝撃は無いが、転んだというショックで悲しくなってくる。涙が溢れて、勝手に声が喉から出て行く。

 誰かの声がする。自分に呼び掛けている。泣くのを止めて上を向けば、そこには覗きこんでくる誰かが居る。

 “大丈夫か?立てるか?”

 大丈夫だよ、立てるよ。このくらい、全然平気だもん。

 差し出された手に手を重ねる。引かれるのと同時に立ちあがる。同じ目線の高さに、その誰かの目線も合わさる。どうやら、同じくらいの年らしい。その誰かは、弾んだ声で言った。

 “へぇ。女の子のクセに、転んでも泣かないんだな。…みたとこ、なんかオジョウサマって感じだし、てっきり泣いたままでいるのかと思った”

 女の子だからって、あまくみないで!この間だって、かあさまにほめられたんから。お前はとてもえらいねって。強いねって!

 “…かあさま?母ちゃんの事?”

 そうだよ!かあさまは、あたしのかあさま!

 “…そっか。お前には、ちゃんと母ちゃん居るんだな”

 …君には居ないの?

 “…いない。しんじゃったから”

 しんじゃった、って?…もう、ずっと逢えないってこと?

 “…うん”

 表情は見えない。けれど、泣いているという事は伝わってくる。けれど、子供らしい泣き方ではない。
 胸が苦しくなる。泣かないで欲しい、と思う。手を伸ばして、躊躇って引っ込める。

 さっき会ったばかりなのに、触れても良いのかな。

 もう一度手を伸ばす。恐る恐る、そっと触れる。柔らかい髪の毛の感触。はっと息を呑む音。

 “…なんだよ”

 …あたしが泣いてるとき、かあさまはいつもこうしてくれるから。

 “…泣くわけねぇだろ。変な奴だな”

 それだけを言って、踵を返して走り去ってしまった。お礼も言えていない事が少し心残りだったが、後悔は無かった。

 そこから場所が移り変わって、目の前に母親の顔があった。酷く焦って、何かを捲し立てている。その直後に、温かな感触が身体を包み込む。抱きしめられ居ているのだ。そうすると何故かとても安心して、何かが込み上げて来て止まらなくなった。
 その後で父親も現れ、二人して何かを言っているようだったが、何を言っているのかは聞きとる事が出来なかった。ただ、その顔はとても困っている様な、今にも泣き出しそうな表情だった。
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