百倉

□夢物語
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 一瞬にして風景が入れ替わる。目の前に居た青年の姿が何処にも無く、替わりに見慣れた天井が視界に移る。

「………。」

ぼんやりとした頭で辺りを見渡し、正面へと向き直り、思う。

「(ああ、夢だった。)」

押し寄せてくる孤独に胸が詰まる。誰でもいい、誰か、人の姿さえ見れば安心できる、姫は急いで着替えを済ませ、塔を降りた。
 下へと降りると、丁度一人の使用人が呼び出しに来ていた。一緒に連れ立って食堂へと向かう道中、姫は夢の終わり際に青年が言った言葉を思い返していた。

『そいつは、“申し出”として受け取っていいな?』

申し出とは一体、何の事だったのだろう。その直前に自分が言った言葉を、姫は考える。

『あなたが、現実の世界に居てくれたら良いのに。そうしたらずっと、こうしてお話していられるのに。』

「(もしもあの“グレイ”が、此方の世界へ来る事が出来るとしたら…でも本当に、そんなこと出来るのものなのかしら?)」

出来るのなら、これほどまでに嬉しい事はないだろう、と姫は思った。
 食堂のテーブルに着いてしまうと、一気に現実へと引き戻されて行く気がした。

 それからというもの、姫はグレイと名乗る夢の住人の事ばかりを考える様になった。彼は毎晩のように姫の夢に現れ、姫の知らない沢山の事を話して聞かせた。どれも聞いた事のない話ばかりで、姫はその話を紙面にまとめた。そしてそれを本の替わりに何度も読み返し、思慮に耽っては、今夜グレイと何を話そうかと思案した。それがとても楽しくて、昼間でも眠りに着いてしまいたい程だったが、やはり決まった時間にならなければ眠れず、もどかしい思いに駆られていた。日に日に増していく想いは大きくなるばかりだった。

 「ああ、早く夜にならないかしら。」

早くに東に現れた丸い月を眺めながら、夕暮に染まる森を望む。もうすぐ夜が来る。あの青年との時間がやってくる。

「夕食は断って、もう着替えてしまおうかしら。早く夢でグレイに会いたいわ。」

姫は胸を躍らせながら、行儀悪く窓辺に肘を着きつつ、夕食までの時を過ごしていた。けれども、使用人が呼びに来る前にうとうととし始め、そのまま寝入ってしまった。
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