文章部屋。
□想い、願い、そして。
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夜の学生寮のラウンジ。そこに真田明彦はいた。
よく見ないとわからないが、どこか俯き加減でグローブを磨いている。
"あの日"から、明彦は落ち着かない。むしろ、落ち着いていられるほうがおかしいのだ。
―"彼"はとこしえの眠りについてしまったのだから。
「どいつもこいつも…」
やりきれない思いだけが胸の中にある。影時間も、タルタロスも、全て無くなったというのに。素直に喜べはしなかった。
「…彦」
ふと、誰かに呼ばれたような気がした。
「明彦!」
今度は、紛れも無く自分が呼ばれていると確信する。
「美鶴…か。何か用か?」
「いや、ただ…昔話をしたくなっただけだ」
ラウンジには明彦と桐条美鶴の二人だけだった。
美鶴も浮かない表情だ。無理も無い、"彼"の存在はあまりにも大きすぎた。
「…どれ位経ったんだろうな、彼がいなくなってから」
「美鶴…」
「今でも信じられないんだ。いや、信じたくないんだろうな。お父様の時もそうだったが、すぐには割り切れない」
美鶴は俯く。
「らしくないな。そんなに落ち込んでいたら、アイツも浮かばれんぞ」
「だが…」
「…俺はあの戦いの後、アイツに勝負を申し込もうと思っていた。アイツは何でもこなすからな。ペルソナ抜きで拳でやりあってみたかった。…もう叶わんがな」
「明彦…」
「お前もアイツに何かを求めていたのか?」
「私は…」
聞き取りにくい声で美鶴は言う。
"彼は、約束を果たさないまま逝ってしまった"と。
―静寂が彼の存在の大きさを物語る。忘れたくても、忘れられない。
今にもふらふらっと帰って来て、誰かが迎えて、寂しげな笑顔でそれに応える。
幾度となく見た光景。―ほんの数週間前まで当たり前だったこと。
懐かしく、もう還らない時間。
どんなに願っても、祈っても、
彼の生命は戻らない。
彼の身体は灰になって、この世界の一部になった。
それが事実。