萌尽きた物

□蜂蜜*(十万アンケ複数)
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真田幸村がやってきて、唐突に言ってきた。

「片倉殿、甘い物は好きでござるか?」
「……いや」
好き、と云うか普通の類だ。しかし、この男の《甘味好き》は尋常じゃない事は、オレも主人も知っている。
その為、答えは否としておいた。
「そうでござるか…」
主人曰く。
『犬の耳が付いていたら、垂れているだろうな』と云った感じで、真田は肩を落とした。

ーが。
「でも、政宗殿の事はお好きでござろう?」
パァっとにこやかに言う真田に対し、オレは
「はぁ?」
と、普段見せる事のない、スッとぼけた声しか出てこなかった。


真田幸村が持ってきたのは小さな甕だった。
甕、というよりは壺に近いかんじの入れ物だった。
「開けてみて下され」
真田が云うので、開けて中身を見てみると。
「これは…」
ふわりと甘い匂いが鼻を擽る。白磁の容器を傾ければ、ゆっくりと黄金色の液体は形を変えた。
「蜂蜜じゃねえか」
「そうでござる!甘くて、某大好きでござる!」
『一升ぐらいなら、一気飲み出来る自信がありまする!』と、胸焼けを起こしそうな真田の意見は聞かなかったことにしたい。
「……で?これがどうしたんだ?」
「実は某、政宗殿に菓子を作って頂いたくて蜂蜜を持って参りました」
にこにこと真田は語り始めた。
「たくさん作って頂きたくて、佐助に頼んでたくさん蜂蜜を集めて貰い申した」
……まったく、主人ってヤツはどこも一緒か。
無茶だけは云う。
「そして何を作って頂こうか、道中ずっと考えていたのでござるが」
真田は今にも涎を垂らしそうな顔で、菓子の名を上げていたが――。
「某が一番美味いと思うのは政宗殿なのでござるよ」
「………は?」
また、スッとぼけた声しか出てこなかった。
しかし、真田は真顔で云う。
「それで思いついたのでござる。蜂蜜を政宗殿と一緒に頂いたらいいのではないかと」
「…つまりテメエは、政宗様を蜂蜜塗れにしてぇ、と」
「平たく云えばそうでござる」
「………。」
何の悪怯れもなく、しれっとそんな事を宣うコイツの頭は、螺旋が外れているんじゃねぇかと、些か余計な心配をする。
「何故片倉殿にこの事を申したかと言いますると、片倉殿も政宗殿をお好きだからでござるからして」
確かに、オレは真田と政宗様の関係を知っている。
そして、真田もオレと政宗様の関係を知っている。
つまりだ。
「……共犯になれってか?」
「共犯なんて!決してそのような事ござらぬよ」
『ただ、知らない内に政宗殿の部屋が蜂蜜だらけになられると、お困りであろう?』と、真田は言う。

……だから、そーいうのを共犯になれって云うんだ。
オレを巻き込んでしまえば、政宗様も何も云えなくなる。
この野郎、相当アクドイ。
「どうでござろう?片倉殿」
にこにこ笑顔の幸村に対し、小十郎はゆっくりと息を吐いて。
「まあ、最近…疲れてるからな」
甘いモンは大歓迎だ。


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