萌尽きた物

□おもいのほか(一周年記念)
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それは幸村が政宗の所を訪れた時だった。

「政宗殿、これは何でござるか?」
黒い小鉢に入った薄紅掛かった野菜。いや、野菜なのかもわからない。
「何かの葉っぱでござろうか?…何れにしても初めて目にする食材でござる」
器を取り、幸村はしげしげと眺め入る。
針のような細い、葉。
しかし、葉にしては細かい。
「一体何でござろうか?」
もう一度、幸村は政宗に問う。すると、政宗は少しばかり口籠もり。
「《おもいのほか》、だ」
と、言った。
「おもいのほか…?初めて聞く名でござる。一体どのような野菜でござるか?」
「野菜じゃねえよ。いいから食え。毒じゃねえから」
「…うぅん、気になるでござるなぁ」
政宗に言われ、幸村はソレに箸を付けた。

「―うまい!」
湯浸しにされていても、その野菜(?)はプチプチと触感があり、適度な苦味と仄かな風味。見た目も華やかでは無い素朴な品だが、幸村はこの得体の知れない野菜の湯浸しをひどく気に入った。
幸村は「うまい、うまい」と何度も連呼し、政宗におかわりを頼めば、照れ臭そうな笑顔を向けて自分の小鉢を幸村に渡した。


――だが結局、《おもいのほか》の正体は分からずじまいだった。


「…何だったのでござろう?」
幸村がどんなにねだっても政宗は教えてくれなかった。それは幸村が帰る日になってもだった。
「うーん、お館方様にも召し上がって頂きたいでござるなぁ…」
野菜ではない、と政宗は言っていたが、かといって魚ではないし、ましてや肉の部類では無いだろう。
もしかしたらこの地だけで採れる山菜なのかもしれない。
そう思い、幸村は宿場町の方へと足を伸ばしてみる事にした。


宿場町は賑わい、活気に溢れていた。
通りを見ていると、ちょうど野菜売りが歩いていた。
「あ!ちょっとすまんが」
「へぇ、何かご入り用ですかの?」
人の良さそうな野菜売りは籠を担いだまま幸村へ振り返った。
「い、いや…申し訳ないんだが探している山菜、もしくは野菜があって…」
「はぁ…一体なんでしょのう?」
「《おもいのほか》…と、云うのだが。この地の物なのだろうか?」
幸村が野菜売りに問うと、野菜売りは「お武家様、この辺の人じゃねぇみてぇですなぁ」と、言って籠から紅色の花を取出し、幸村に渡した。
「それが《おもいのほか》ですてぇ」
「…菊、ではござらぬか」
「確かに菊ですけども食えるんですて。昔っから此処らの人間は皆食うております」
野菜売りは「どっこいしょ」と声を上げながら籠を下ろし、懐から煙管を取り出した。
「それに《菊を食うと長生きをする》と云いましてなぁ…ホレ、あそこに見えるお城の殿様」
野菜売りが煙管で指した方を見遣れば、政宗の居城が目に映る。
「噂によると、あすこのお殿様も自ら育ててなさる。
なーん、自分で育てる事もなんでしょに。」
ぷかり、と煙を吐き出しながら野菜売りはハッハッハと笑った。
「自ら…育てて…」
じゃあ、あの菊も政宗殿が―――?

「それに菊は《契り草》云いましてなぁ。だっけよっぽ大事な人に、大切な御人に食わせてぇんかのぉ…?」
「…っ?!」
野菜売りの言葉に、幸村は言葉を詰まらせた。
「お殿様自ら丹精込めて育てた菊なんか食うたら、そぅら長生きするじゃろうて。のう、お武家様…ありゃ、菊みてぇに真っ赤になってどうなされた」
野菜売りに言われ幸村は顔に手を遣る。
「風邪でも召しいたかの?」
「…いや」
政宗の城を見る。
夕暮れに照らされてうっすらと赤み掛かっていた。
あの時、照れ臭そうに微笑んだ彼のように。
赤く。
そして幸村は野菜売りに向かって
「この菊、頂けぬか。某も大切な御人に召し上がって頂きたい」
そう言うと金を渡し栽培方を聞き、その場を去った。

政宗殿に食べてもらおう。
《想いの外》なんてものではなく、たくさんのたくさんの想いと願いを込めて。

それはまさに《契り草》の名を抱くに相応しい秋の花。

結ばれたからには末長く。
そんな想いを込めて。


終           ………………………………

当サイトの一周年企画お礼品でした!
フリリクは、さすがに期間短かったかなーと反省。
また、やる機会があったら長く設けてみたい。
【おもいのほか】は食用菊の事です。呼び名は他にも【かきのもと】とか【オウリン】など。
場所によって食べる事は無いでしょうが;(ローカルネタ!)
楽しんで頂ければ幸いです。有難うございました!

月凪 海

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