キリリク

□潤溽炎(キリリク)
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嫌だったはずだ。

なのに。

まるで、熱に浮かされた様に。
まるで、胸に置き火をされたみたいに。


ちりちりと。
熱が籠もる。甘く、焦れた熱が―――――。




あの男は、一体何者だったのか。政宗は、あの夜の事をずっと引きずっていた。
『恩返しに参りました。』
低く通る、柔かな声。首の六文銭、臙脂色の眼。

―柴犬だと言っていた。
だとすれば、狐狸妖怪の類だったかもしらん。

だとすれば、魅入られたのか。
ああ、そうだ。きっと。
あの妖に、魅入られたからだ。



「…Shit…!」
がりがりと政宗は頭を掻いた。苛々が募る。
何をしても、考える事はあの夜ばかり。
胸の置き火は一向に治まらず。
気晴らしでもすれば忘れるだろうと思い、政宗は城下へ出掛ける用意をし始めた。




――奥州の城下町。
民が賑わい、人々は行き交う。ブラブラと宛ても無く歩く。
店子を冷やかしたり、町人と話したり。
自分が城主と云う事を忘れて、のんびりと町をフラついた。
一件の茶屋に寄り、長椅子に座る。
「おぅ、茶ァくんな」
「はぁい」
娘に声を掛け、ふ、と息をついて空を見上げれば、ちぎれ雲がゆらゆらと流れていった。

さわり。
「――?」
政宗の足元を何かが擽った。目線を下に下ろし、隻眼が捉えたものは。
「犬…か。」
くぅん、と鼻を鳴らして一匹の柴犬が政宗の足元に擦り寄っていた。
何とも人懐っこい犬だろう、と思った時だった。


『昼間、助けて頂いた柴にございまする』

男の言葉が蘇った。政宗の胸に、ちりちりと炎が灯り始めた。
せっかく忘れかけていたのに。
まさか、あの時の犬ではないのか…。と、危惧する物の犬はそ知らぬ顔で政宗にじゃれついている。
「…んなわけねぇか」
昼日中に化け物が出てもらっても困る。
政宗が足元の犬を撫でてやると、
『その犬は、化けませぬ』
声がした。
驚いて後ろを向くと、あの男が立っていた。



臙脂色の眼、首の六文銭。
何もかもがあの夜のまま。

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