モノオキ

□アタタカキユメノハテ
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思い出す。
それだけに集中する。

――目尻から、堪え切れずに溢れだして、ゆっくりと頬を伝い落ちる涙にも、だから初めは気付かなかった。
隣に寄り添う体温にも。

「…どうしたのでござるか?」
独特の口調がやわらかに問い掛けてきて、初めてその存在に気付く。
「――あれ…。お前…いたっけ」
覗き込んでくるその顔をぼんやりと見返して、ぼんやりと考えなしにそんな言葉が口を付いて出た。
視界が滲んでいるせいで、幸村は随分とあやふやな輪郭をしていた。
「『いたっけ』って…随分な言い方でござるな」
苦笑を含んだ声でそう返しながら、『此処は上田でござるよ』と、幸村は笑った。
「…ああ、そうか」
視界が滲んでいるのは泣いているせいで。
そんなことに今更のように気が付いて、顔をしかめた。
「泣いてたのか。オレ」
「ええ…」
朝の光が強く、応える幸村の虹彩は茶に透けていた。
じっと見返す視線を避ける様でもなく、耳朶から顎に掛けての骨張った綺麗な、どこか幼さの残る線をしなやかに反らして、幸村は小さく伸びをする。
起き抜けなのか、そのまま衣擦れの音を微かに鳴らしながら、上半身をゆうるりと起こした。
つまり、上から覆いかぶさって覗き込むような態勢になった。
慣れた重み。それでも少し控えめな。
陽を遮って影になった、黒耀の双眸が見下ろしていた。


一束の銀煤の髪が目に入った。
「色素、薄いな…」
「政宗殿の方が」
「あ」
つい、と肌を撫でられた。
どうやら幸村は肌の事だと思ったらしい。
ゆっくりと瞬くと、目尻の窪みに溜まっていた最後の一滴が溢れて頬に流れた。
頬へ。それからこめかみの下を伝い、探りながら耳朶に滑り込む。
ひんやりとした、冷たい涙だ。

「あ―…泣いてらぁ…」

自分で言って他人事のようだ。

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